今回は"飢餓死・低栄養"について取り上げます。
この疾患は大変ミゼラブルで、法医学者として数ある疾患の中でも一二を争うほど辛い解剖となります。
その中でも「なぜ飢餓で死に至るのか?」を中心に書いていきたいと思います。
豊かになった現代の日本において『法医学者が"飢餓死"に出会う機会なんてあるのか?』と問われると、『皆さんが思っている以上にある』というのが私の答えです。
児童虐待から高齢者ネグレクト、末期癌の独居老人、高度摂食障害患者さんなど、決して皆さんのイメージする『貧困から来る飢餓』だけではないというのが大きな理由だと思います。
るいそうが極限まで進んだご遺体を目の前にすると本当に辛くなります。
"飢餓"の定義を敢えて書くと『生存するために必要な栄養素や、水が不足しているために生じる病的状態』、そして『それ(飢餓)による死亡が"飢餓死"である』と、ある教科書には記載されています。
飢餓状態での生存日数は、
新生児 栄養なし+水なし:1週間
成人 栄養素なし+水なし:1〜2週間
成人 栄養素なし+水あり:1ヶ月
と言われます。
ただし個人の体格や環境などにも影響を受けます。
それでは、今回のメインテーマになりますが、皆さんは『なぜ飢餓で亡くなるのか?』分かりますか。
「低栄養によるエネルギー不足」が関係していることはなんとなく分かると思うのですが、それがどう身体に影響を与えてしまうのか。
これにはいくつか要因があると言われています。
最も大きい要素が『ケトン体の上昇』です。
ケトン体とは、蛋白質が分解された際に出てくる物質で、β-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの3つを合わせた総称です。
身体のエネルギーが不足すると、まず肝臓や筋肉などに蓄えられていたグリコーゲンが使用されます。
しかしこれは1日程度で枯渇してしまいます。
その次に体は脂肪を分解しエネルギーを生み出そうとします。
この時に出てくるのが"ケトン体"です。
これが溜まると体が酸性化してしまい、最終的に死に至ります。
またその他にも"脱水"が併存していたり、
・肺炎や腎炎などの感染症
・低血糖
・低体温
これらが致命傷となることもあります。
ご遺体の所見としては、低栄養による"るいそう"が著明に認められます。
・眼球陥没
・口唇や舌の乾燥
・腹壁陥没
・四肢の筋肉萎縮
・脱毛
・各種臓器の萎縮および貧血
・内臓脂肪の減少
・胃や腸内が空
・胆汁の貯留
などの所見に注目します。
少し専門的ですが、ご遺体からケトン体の一種であるアセトンの独特な臭いがすることもあります。
また顕微鏡の検査で、心臓や肝臓の萎縮に伴う"リポフスチン"という茶色の色素や、脾臓で"ヘモジデリン"という鉄の沈着を確認することも重要です。
このような所見を確認しながら診断を進めていきます。
そして、これら飢餓の診断を進めつつ、必ず確認しなければいけないのがその背景です。
『飢餓状態になった理由は何か?』ということです。
単に「飢餓によって亡くなったこと」だけが分かっても、その"死"を"生"活かすことはできません。
『何が原因で飢餓状態に陥ったのか?』
この視点が法医学者には必ず必要だと個人的には思っています。
冒頭に列挙したように、
・虐待やネグレクト
・悪性腫瘍
・摂食障害
・精神疾患
・消化器疾患
・アルコール使用障害(依存症)
・内分泌疾患
・貧困
・ハンガーストライキ(自殺)
...
などです。
"飢餓"はある意味『結果』であって、『その原因』にこそ「"生"へのメッセージが含まれている」とは言えないでしょうか。
今回は皆さんにもイメージしやすいであろう"飢餓"というのをテーマに取り上げました。
しかし、これらは飢餓以外の疾患にも言えることだと思います。
法医学者には『なぜそれが死に至るのか?』という視点と、さらに『その先にある真の原因を見抜く力』が必要なのではないかと感じます。