法医学者1人当たりの解剖負担

前回は「全国の法医学教室に在籍する法医学者の数」をみました。(参考記事:「法医学教室の人員数」)

それを踏まえて、今回は全国の解剖件数などのデータを見つつ、地域ごとの1人の法医学者の負担について考えたいと思います。

全国の解剖件数等は以前取り上げましたが、改めて新しいデータを見直したいと思います。(参考記事:「日本の解剖率」)



かいつまんで要点を抽出すると、

【常勤医師1人当たりの年間解剖数:82件】

となっています。

つまり全国の法医学教室に在籍している法医学医(常勤)は、平均して年間82件の解剖を行っているということですね。


詳しく見ていきましょう。



まず「全国の解剖件数がどれくらいあるか?」というところから始めたいと思います。

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令和2年において...

・全国の警察が取り扱ったご遺体(※検案のみも含む):約17万件
・そのうちの(法医)解剖件数:約1万8000件 → 解剖率:10.8%
  司法解剖:約8000件
  調査法解剖:約3000件
  その他の解剖(行政解剖や承諾解剖など):約7000件


都道府県毎については細かく述べませんが、やはり監察医制度が導入されている地域を中心に解剖率は高くなっています。



資料には同時に「警察における薬毒物検査・死亡時画像診断の件数」も示されていましたのでついでに載せます。

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薬毒物検査実施率(全国):93.2%
死亡時画像診断実施率(全国):8.6%


こちらも詳しくは述べませんが、やはり犯罪に結びつきやすい"薬毒物検査"の実施率は全国的に見ても殆どが9割を超えています。

高度に腐敗した症例などは薬毒物検査をしたくてもできませんので、これは「ほぼ全例で検査している」と言っても過言ではないでしょう。


一方で死亡時画像診断(死後画像検査)の実施率を見ると、逆に全国で10%を切っているところが殆どです。

こちらでは、監察医制度が導入されている地域でも低くなっています。

いや、制度導入地域は非導入地域と比べてむしろ低いくらいです。

「結局最終的に解剖するから」という論理でしょうか。。

自治体によっては2桁、過半数以上で実施されているところすらあり、これはその地域の法医学教室や警察の方針なのでしょう...。

ただ警察において実施するだけではなく、臨床医の先生の判断で死後CTを撮影するケースもこの数字に含まれているかは微妙なので、ひょっとすると実際の検査件数自体はもっと多いかも知れません。

まだ法医学教室にCTがないところも全然ありますしそういったハード面の問題や、『読影する医師がいない』という医師不足問題も影響していそうですね。



さて、ここまでは全国の解剖件数等のデータを見てきました。

このデータを前回の詳しく見た「法医学教室の人員数」と合わせてみてみます。


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各都道府県における解剖数を、その地域の常勤医師で除して、「常勤医師1人当たりの解剖数」を出しているわけですね。

ただしこちらは令和元年度のデータなので、前述のデータ(令和2年)とは微妙に値が違っています。

またこちらの解剖数には"行政解剖"は含まれておらず、大学法医学教室における常勤医師および解剖数をみています。


全国平均で見ると『1年間の常勤医師1人当たりの解剖は82件』ということになります。

つまり【全国の法医学者は、平均して2週間弱に1件の解剖を行っている】ということになりますかね。


ただ都道府県毎ではかなり幅があることが分かります。

最多:262件
最少:16件

ただそれぞれの地域で事情が違いますから、決してこの解剖数のデータだけで良し悪しを安易に判断することはできません。


常勤医師はおそらく実質"法医認定医"と同じ意味合いになりますので、やはり全国で150人ほどしかいません。

「法医学教室自体が自治体に1つしかない」という地域では同時に「その法医学教室に法医学医が1人しかいない」という問題が併存していることも少なくないです。

そういった状況等もこの数字に大いに影響してきます。



『法医学者の解剖負担の重さ』は今いろいろと議論されています。

その中でこういった数字の指標も一つの目安となってきます。

それぞれの地域の事情はあると思うのですが、日本のどの地域にいても同じような死因究明を受けられるようになってほしいものです。

そのために私自身も頑張っていきたいと思います!