後頭窩穿刺(後頭下穿刺)・脳脊髄液

今回は法医学の現場で時々行われる"後頭窩穿刺"(=後頭下穿刺)について書きたいと思います。

一般の方には馴染みのない言葉だとは思いますが、場合によっては検案の際にその場(ご遺体の発見場所等)で行われることもありますので、初めて見た人はびっくりするかも知れません。

この記事を読んでこの"後頭窩穿刺"が何なのか?というのを理解できれば幸いです。



この"後頭窩"とは、後頭部にある凹みの箇所のことを言います。

そこから"スパイナル針"という通常の針よりも長い注射針を刺して、脳周囲等を循環する髄液を採取します。

臨床ではヤコビ線からルンバールで髄液を採取すると思いますが、法医学ではより脳に近いここから採取することの方が多いと思います。(もちろん法医学で腰椎穿刺をすることもあります)


髄液を採取するメインの目的は『脳出血があるかどうか?を判断するため』です。

脳室穿破を伴う脳出血では髄液に血液が漏れ出しますので、それを"後頭窩穿刺"で捉えるわけですね。



具体的な"後頭窩"の位置を確認していきます。

頭のてっぺんから後ろへ伝っていくと、ちょうど真後ろあたりにぽこっと出た凸部があると思いますが、これは"外後頭隆起"というものです。

そこから少し下がったところに凹部があると思います。

そこが"後頭窩"です。


ここに"スパイナル針"という通常の注射針よりも長い針を刺します。

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ちょうど画像の矢印の向きです。

後頭窩から"眉間"へ向かって針を進め、プツッと膜を貫いた先に"小脳延髄槽"という髄液が溜まっている部位があり、そこから髄液を採取します。

血液は髄液と混じると基本的に固まりにくくなるので、脳出血があっても巡り巡った血液混じりの髄液がこれで採取できるというわけですね。



ただし、この手技自体は慣れればそこまで難しくないのですが、実際はこの解釈が難しいです。

通常の髄液は、無色ないし極々わずかに黄色がかった透明の液体です。


まず①綺麗な透明な髄液が採取された場合です。

これは一般的には『脳出血はない』と判断されますが、前述した"脳室穿破"という点がポイントとなります。

"脳室穿破"とは『脳内の出血が脳表から飛び出て脳外に漏れ出ている状態』を指します。

つまり、脳出血が脳(実質)内にとどまっている場合は、髄液は透明のままです。

また出血がごく少量だった場合などでも、混じっていたとしても肉眼的には判断できない可能性もあります。

そういう危険もはらんでいるということですね。


続いて②血液混じりの赤い髄液が採取された場合です。

こちらは『脳出血がある』と判断されます。

見るからに濃い血液混じりの髄液ならそう判断されて然るべきとも思いますが、赤みが薄い場合は、針を刺した先に血管があった可能性も考えられます。

また脳出血だったとしても、『その出血がどこからなのか?』『動脈瘤だったのか?脳動静脈奇形だったのか?』等々、法医学者としてはその先がさらに気になる結果となります...。


以上のように、髄液がどちらのケースであっても、なかなか決め手にかけることもあるわけです。

もちろんこの原則通りのこともあり、私は有用な手技だと思っています。



私自身は実際のところそこまで"後頭窩穿刺"は行う機会は多くありません。

というのも、我々法医学者は検案で終わらず解剖するからです。

髄液に関しても、解剖する場合は後頭窩穿刺ではなく通常開頭後に直接採取します。

なので、後頭窩穿刺をするというのは、警察に呼ばれ検案を行う警察医の先生方が行うケースが最も多いのではないでしょうか。


先に挙げた解釈困難な理由から、法医学者の中では後頭窩穿刺に対して否定的な意見を持っている方も少なくありません。

『後の解剖に支障が出るから』と後頭窩穿刺をしないでほしいとまで言う法医学者もいるくらいです。


ただそれは解剖を行う我々の立場からの考えですね。

もし自分が検案医として実際にご遺体や遺族を目の前にし、警察からもその場で死因を考えてほしいと言われたら...と考えると、せめて後頭窩穿刺をして「死因の拠り所が欲しい」と思う気持ちは私自身分からなくもないです。。

余談ですが、『検案時のトロポニン問題』にしても、きっとそういった警察医の心理から生まれたものではないか?と邪推しています。


近年は死後画像検査が広がってきました。

死後CTを法医学教室で撮る大学ももちろんありますが、一部の地域では警察医の先生が撮影・読影されているところもあると聞きます。

昨今の死後画像検査の発展は、そういった解剖をしない警察医・検案医の先生方の死因の拠り所という側面もあるのかも知れません。

警察医の先生でも我々でも、死因を聞かれて「分からない」というのはすごくストレスですから...。

みんながんばって死因究明に努めているんですよ。



話は逸れてしまいましたが、"後頭窩穿刺"については理解できましたでしょうか。

なかなかイメージしづらかったですかね...。

今回触れなかった"警察医"や"トロポニン"についてもまたいずれ書きたいと思います。