パルタウフ斑とタルデュー斑

今回のテーマは毛細血管の破綻によって生じる"パルタウフ斑"と"タルデュー斑"です。


実際この言葉を聞いたことがない人は多いと思います。

これら斑状出血は、一般の方は知らなくて当然なくらい法医学の中でもまずまずなマイナー所見です。

ただ知っていれば格好いいですからね。

今回は自分自身の備忘録の意味も込めて、これら出血について書き留めていきたいと思います。



2つの斑状出血の簡単な概要は以下の通りです。


【パルタウフ斑】[Paltauf's spots/Paltauf's hemorrhage]:肺胞内圧の亢進による毛細血管の破綻によって出来る肺表面の出血。肺気腫・キノコ様泡沫と併せて溺死で認められる所見のひとつとされる。

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【タルデュー斑】[Tardieu spots]:窒息時の低酸素や静脈圧の上昇による毛細血管の破綻によって起きる肺表面の出血(≒溢血点)。従って、窒息死で認められるとされていたが、近年では窒息死の特異度は低いと言われている。

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詳しくみていきましょう。



概要の通り、両者の違いはその発生機序と言えます。

"パルタウフ斑"は、溺水時の呼吸運動によって肺が過膨張し、それに伴って肺胞の毛細血管が破れてしまうことで起きます。

一方で、"タルデュー斑"では、窒息時の低酸素状態やそれに伴う静脈圧上昇によって毛細血管が破裂することによって発生します。

溺死も広く窒息ではあるので、両者の区別が困難な場合もあるわけですね。



【パルタウフ斑】

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この"パルタウフ"とは、初報告者であるアーノルド・パルタウフ先生に由来しています。

前述のように溺死体でしばしば認められます。

溺水時には苦しくて呼吸をしようと強く水を吸引してしまいます。

そうすると、気管内にすでにある空気等が溺水によってさらに肺の奥に押し込まれ、肺は大きく膨らみます。

そして結果として終末にある肺胞の毛細血管が破れてしまうのです。


この出血は肺の表面から確認でき、境界は不明瞭で、大きさはおよそ1-2cmといったところです。

1つだけとは言わず通常は複数認められます。

部位としては、主に下葉に認められ、葉間や肺の前面にも出来ることがあります。


テキストによっては、『溺水した水の性質によって"パルタウフ斑"の色調が違ってくる』と書いてあるものもあります。

淡水溺死:赤血球が溶血するため"赤色"。
海水溺死:溶血が起きないため"青紫色"。


このように"パルタウフ斑"は、前述のように肺が大きく膨らむ"肺気腫"や死戦期の呼吸運動による"キノコ様泡沫形成"(格好良く言うと"シャウムピルツ"[独語;Schaumpilz]と言います)と併せて、重要な溺死所見のひとつと言われています。



【タルデュー斑】

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こちらの"タルデュー斑"も、初報告者のオーギュスト・アンブロワーズ・タルデュー先生(フランス人)の名前が由来しています。

タルデュー先生は"児童虐待"がご専門だったようです。

その中で、窒息死した子どもを解剖すると肺表面に小出血斑が認められたことから、窒息で"タルデュー斑"が認められると報告されたようですね。


"タルデュー斑"は言わば「肺表面に出現する"溢血点"の一種」と言えます。(※溢血点よりはやや大きめ)


"溢血点"は窒息を含めた"急死の三徴"でした。(参考記事:「溢血点」)

発生機序についても、溢血点同様、"タルデュー斑"は窒息に伴う低酸素環境や静脈圧上昇による毛細血管破綻に起因します。

従って、毛細血管があるところなら身体のどの部位で出来ても理論的にはおかしくないはずです。

ただ教科書によっては、この"タルデュー斑"は特に"肺表面に出現したもの"を限定して指していたり、心臓などの臓器表面の出血斑も含んで"タルデュー斑"としていたりまちまちなんですよ。

海外の教科書なんかを見てみますと、縊頚などで吊り下がった状態が続くと重力によって就下した血液によって血管が破綻して、皮膚にやや大きめの出血斑多数出現することがあるんですが、この際の出血斑も"タルデュー斑"と呼んでいたりします。(→これは死後変化)

つまり、"タルデュー斑"は部位を問わず"毛細血管の破綻によるやや大きめの溢血点"のことであり、それを単に"タルデュー斑"と呼んでいるだけの教科書も割とあるんですよね。

なので、正直なところ"タルデュー斑"の定義は明確にははっきりしません。

『(欧米の教科書のように)皮膚の出血斑を"タルデュー斑"と呼ぶのは誤用である』ともはっきり書いているものもあります。


今回は"パルタウフ斑点"との兼ね合いから『肺表面に認められる出血斑(≒溢血点)を"タルデュー斑"』として書きましたが、海外の記載をみていると"単なる大きめの溢血点"と言っていい気もしてきます。

ただいずれにせよ、こういった"タルデュー斑"は窒息死に特異的なものではないということに関しては、近年ではある程度コンセンサスが得られていることかと思います。



ということで、今回は"パルタウフ斑"と"タルデュー斑"について書いてきました。

どちらも人の名前から名付けられ、ともに出血斑であることから、しばしば対比されることがあるんですよね。

結論は"機序が違う"という点に尽きるでしょうか。

"タルデュー斑"なんかは実際明確な定義がはっきりしませんが、是非ともしっかりとした定義をどこかしらが定めてほしいものですね。