法医学とアルコール2 (飲酒はどれくらいで死ぬか?)

前回に引き続き"アルコール"について書きます。

特に法医学の領域にスポットライトを当てていきたいと思います。

今回は"アルコールと死"についてです。



アルコールが直接死に関わる病態としては"急性アルコール中毒"が挙げられます。

では具体的にどれくらいの濃度であれば死に至る可能性が出てくるのか?

【血中エタノール濃度:3.5 mg/mL ~ 】

『3.5mg/mL~から死ぬ恐れが出てきて、4.5mg/mL以上で死亡する』と言われています。

詳しくみていきましょう。

なお特別断りがない限り、この記事では「アルコール≒エタノール」だと思ってください。



そもそもアルコールでなぜ亡くなってしまうのか?

それは『血中に入ったエタノールが中枢神経を抑制し、延髄呼吸中枢が障害されるから』、もっと簡単に言うと『アルコールによって脳の機能が低下し、呼吸を司る部位までその影響が及び呼吸麻痺が起こるから』です。


摂取されたアルコール(エタノール)は、胃から20%、小腸から80%の割合で体内に吸収されます。

吸収されたエタノールの90~95%が肝臓の酵素で代謝され、

エタノール→アセトアルデヒド→酢酸→二酸化炭素(CO2)+水

と代謝されていきます。

だいたい飲酒から30分~2時間後が、アルコール濃度のピークだと言われます。


このうち血中に入ったエタノール濃度を測定することで、

『血中エタノール濃度が0.3~0.5mg/mL以上になってくると運動低下する』と言われています。

飲酒運転による自損事故を起こした人の血中エタノール濃度を調べてみると、『1~2mg/mLが多かった』とも言われます。

0.4mg/mLと比べ、交通事故の危険度は1mg/mLで7倍、1.4mg/mLでは1.4倍にも上昇するという報告もあります。

この"ほろ酔い~酩酊"あたりの酔っ払い度が運転においては最も危険と言えます。

これ以上濃度が高くなってくると、そもそも運転すらできない運動能力・判断能力なので、逆に飲酒事故の可能性が下がってくるからです。


しかし、実際に飲酒検問でこれら血中濃度を測っているわけではありませんよね。

呼気中のエタノール濃度、息を吐いて検査させられると思います。

これも当然有効な検査だからです。


前述の通り、エタノールの9割以上が肝臓で代謝されますが、残りの約5%が呼気や汗、尿、唾液などに排泄されます。

エタノールは呼気中にエタノールのまま排泄されるので、それを検査しているんですね。


呼気中エタノールは、血中エタノールの2000分の1と言われています。

つまり呼気中エタノールが0.5mg/Lの時、血中エタノールが1.0mg/mLというわけです。(※単位がLとmLになっていることに注意)


ここで"酒気帯び運転"の定義を見てみますと、

【血中アルコール濃度:0.3mg/mL以上】
もしくは
【呼気中アルコール濃度:0.15mg/L以上】

『血中濃度0.3mg/mLから運動能力低下、2000分の1』と理に適っていますね。

だからこそ、飲酒検査で呼気中のエタノール濃度を測定することで酔っているかどうかを判断できるわけです。



急性アルコール中毒で亡くなったご遺体をみますと、

【血中エタノール濃度:3.5 mg/mL ~ 】から死亡リスクが出てくると言われます。

特に『4.5mg/mL以上では死亡する可能性が高い』と言われています。

ただこれにも個人差が大きく、血中エタノール濃度が6.0mg/mLでの生存例も報告されているので、一律なものではありません。

別記する代謝酵素の遺伝子型等も関係してきますからね。


実際にご遺体から血液を採取し専門の機器で測定していくわけですが、ここで生体で測定する場合と違って注意する点があります。

『n-プロパノールの影響』です。

アルコールは腐敗の進行によっても発生してしまうんです。

腐敗(細菌)によって産生されるアルコールの代表例が"n-プロパノール"です。


通常のアルコール測定法では、n-プロパノールもアルコールに合算して数字を出してしまいます。

なのでそれを知らずに、腐敗の始まったご遺体の血液からアルコール濃度を測定し、かなり高い値だったからといって『死因は急性アルコール中毒である。』と言ってしまうのは早合点です。

『腐敗が進行したご遺体におけるn-プロパノール産生は、全アルコールの20分の1程度である。』と言われており、実際はその1/20を引いた値をエタノール濃度として用います。

また細かい話にはなりますが、血液を採取する部位によっても"拡散"の影響で濃度差が出てくるので、一箇所だけではなく複数箇所の血中濃度を測定して考える必要があります。



今回は特に法医学の視点からアルコールをみてました。

アルコールの直接的な影響である"急性アルコール中毒"に書きました。

しかし、"アルコールに関連した死亡"は"急性アルコール中毒"だけではありません。

・飲酒して酔っ払って交通事故を起こす/遭う
・飲酒して酔っ払って崖から滑落し外傷死する
・飲酒して酔っ払って寒空の外で寝て凍死する
・飲酒して酔っ払って溺死する

等々、実際は『飲酒に酔って酩酊し、その間接的な影響で亡くなるケース』がかなり多いんです...。

むしろこちらの方が多いのではないか?と感じるほどです。

そういうご遺体をみていると、個人的には「お酒はほどほどに」「お酒は楽しめる程度に」なんて甘っちょろいことを言わず、「お酒は飲むな!」とまで言いたくなってしまいます。(私自身もお酒を飲みますが...)

皆さんも重々々気をつけてください。


さて、次回は散々触れてきた『アルコールの代謝酵素とその遺伝子型』を取り上げるつもりです。

これも"アルコール法医学"に加え"法遺伝子学"の一部として、法医学でもDNA鑑定とともにいろいろと研究されてきた分野です。

しっかりと書いていきたいと思います。