今回はアルコール法医学の最後になります。
"飲酒に関わる遺伝子型"、つまり『お酒が飲める、飲めないに関する遺伝子型』について書いていきたいと思います。
皆さんの周りにも"下戸"や"酒豪"といった方がいらっしゃると思いますが、そういう人をイメージしながら読んでみてください。
前回の記事で、アルコールの代謝について以下の通り書きました。
エタノール→※①→アセトアルデヒド→※②→酢酸→二酸化炭素(CO2)+水
この①と②で働く酵素というのがあって、その遺伝子型がアルコールの代謝速度に関わってくるんです。
エタノール貯留は酔いに関係し、アセトアルデヒド貯留は二日酔いに関係することを知っておいてください。
それぞれを見ていきましょう。
①アルコール脱水素酵素(ADH)
ADH:アルコール(エタノール)をアセトアルデヒドに変換する酵素
エタノールの代謝なので、この酵素の働き(活性)が悪いとエタノールが身体に溜まりやすく、つまり『酔いやすく依存症になりやすい』と言えます。
このADHにはたくさんのタイプがあるのですが、その中の1B型のADH(ADH1B)にある2種類の遺伝子変異が日本人において多いと言われています。
この遺伝子の中のある塩基配列がGか?Aか?というだけの違いです。
たった1塩基の違い("SNP"といいます)で代謝速度が変わってくるんです。
ADH1B*1:低活性型、エタノール代謝が遅い
ADH1B*2:高活性型、エタノール代謝が早い
遺伝子は両親から1つずつ合計2つ持っているため、下記の3通り組み合わせがあります。
ADH1B*1/ADH1B*1:低活性/低活性型、日本人の約5%
ADH1B*1/ADH1B*2:低活性/高活性型、日本人の約35%
ADH1B*2/ADH1B*2:高活性/高活性型、日本人の約60%
この低活性/低活性型は日本人全体の約5%ほどしかいませんが、他の2タイプに比べ酵素の働きは100分の1ほどになってしまいます。
なのでこのタイプの人が『酔っ払いやすく、依存症のリスクが高い』と言えます。
この酵素はあくまでエタノールに関する酵素なので『酔っ払うかどうか?』『依存症リスクがあるか?』に関係してきます。
『お酒を飲んで顔が赤くなる、気持ち悪くなる、二日酔いになりやすい』というのは次に書くALDHの方に関係しているため、両者を区別して考える必要があります。
②アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)
ALDH:アセトアルデヒドを酢酸に変換する酵素
この働きが悪いと毒性のあるアセトアルデヒドが身体に溜まりやすいため、前述のように『顔が赤くなる、気分が悪くなる、二日酔いになりやすい』などの影響が出てきます。
この酵素にも様々なタイプがありますが、そのうちALDH2が肝臓のアセトアルデヒド代謝に大きく関係します。
この遺伝子に関してもある塩基配列がGか?Aか?という1つの塩基の違いで変わってきます。
ALDH2*1:活性型、アセトアルデヒド代謝がある
ALDH2*2:不活性型、アセトアルデヒド代謝がない
組み合わせはやはり3通りです。
ALDH2*1/ALDH2*1:活性/活性型、日本人の約50%
ALDH2*1/ALDH2*2:活性/不活性型、日本人の約40%
ALDH2*2/ALDH2*2:不活性/不活性型、日本人の約10%
先ほどのADH1Bでは「活性が低い/高い」の次元であり、2つの遺伝子型のうち2つともが低活性だった場合に全体の活性が著しく低下するという話でした。
一方で、ALDH2では『活性がある/ない』となっているところがポイントです。
こちらでは、ALDH2*2(不活性)をひとつ持っているだけで活性は10分の1以下、ふたつともALDH2*2のタイプ(不活性/不活性型)ではほぼ活性が0になると言われ、その影響はとても大きいんです。
なので、このALDH2*1(不活性)を持つ人は基本的に『お酒に弱いタイプ』となります。
以上より、3通り×3通り=全9通りのタイプに分けられます。
一見すると、「ADH1B(低活性/低活性型)+ALDH2(不活性/不活性型)の組み合わせが良くないのか?」と思う人もいるでしょうが、意外とそうでもないんです。
このタイプの方は全く飲めないので、むしろ悪酔いしたり依存症になったりすることは少ないんですよね。
逆に"両者が共に高活性タイプ"以外の「ある程度飲めてしまうようなタイプ」「無理をすれば飲めてしまうタイプ」の方が要注意と言えます。
ちなみに私は
ADH1B:高活性/高活性型
ALDH2:活性/活性型
で『お酒の飲めるタイプ』でした。
とは言え、これが日本人で最も頻度の多い組み合わせなんですけどね。
皆さんは果たしてどのようなタイプでしょうか。
アルコール関連酵素の遺伝子型は、血液型のように誰でも自分のタイプを知っているというものではありません。
ですが、自分のタイプを知っていれば、それを踏まえた身の振り方(お酒には気をつけようなど)ができます。
また今回挙げた酵素の遺伝子型がある癌のリスクにも関係しているという報告もあり、ここまで来るともはやアルコールだけの話に収まりません。
こうやって「生きている人にも適用できる」というのは法遺伝学の特徴だと思います。
このようにアルコールの代謝に関わる酵素の遺伝子型によって、ここまで大きく違ってくるんですよね。
皆さんも何となく実感としてあると思います。
なので、前回・前々回に書いたような、全てを一緒くたにしたような目安がどこまで有用なのか?というこの"微妙さ"がお分かりいただけたと思います。
今回挙げた遺伝子型以外にもアルコール代謝に影響を与える要素はいくつもあり、厳密に考え出すとキリがありません。
ただ法医学ではどこかで線引する必要があり、ある一定のラインでボーダーを決めているに過ぎません。
しかし、それこそがまさに難しくまた重要になんですけどね。
さて、今回で"アルコール法医学"関係の記事はひとまず終了になります。
何か思いつけばまたアルコールについて書きたいなと思っていますので、その時はよろしくお願いします。