創傷4 (労働災害)

今回は創傷の中でも、特に"労働災害"について書いていきたいと思います。

基本的な内容については創傷 の記事もよろしくお願いします。


労働災害とは『業務上の事由または通勤による負傷、疾病、障害、死亡』を指し、発生した場合は事業者が労働基準監督署に届け出る義務があります。

死亡者は年々減ってきているものの、それでも年間1000人弱は労働災害によって亡くなっています。

この通称"労災"は労災認定・補償の関係もあって法医学のニーズが高い分野です。


労働中の災害は特殊なケースが多いです。

高所からの転落、化学薬品による中毒や化学熱傷、高電圧・高電流な電源による感電(参考記事:電撃傷)、また熱中症(参考記事:熱中症)も労働中に起こり得ます。

また機械事故では、交通事故と同様に高エネルギー外傷となることが多く、致命的な創傷を負うことは少なくありません。



具体例となる画像を取り上げてみます。

※ショッキングな画像のため、創傷の画像は1番下部に掲載しています。閲覧にはご注意ください。



[医師国家試験 109回 A問題 47番]より


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51歳の男性。左前腕不全切断のため救急車で搬送された。左前腕をベルトコンベアに巻き込まれて2時間後に救出された。来院時、意識は清明。体温36.2℃。脈拍92/分、整。血圧146/70mmHg。左橈骨動脈の拍動は微弱であるが、尺骨動脈は触知する。開放創と手は油で汚染されているが、爪床はピンク色でcapillary-refilling time〈毛細血管再充満時間〉は正常範囲内である。手指の感覚は脱失しているが、小指はわずかに動かすことができる。患者は手を残すことを希望している。既往歴に特記すべきことはない。血液所見:赤血球420万、Hb 12.0g/dL、Ht 35%、白血球9,400、血小板20万。左前腕の写真、エックス線写真および動脈造影像を別に示す。

最初に行うべき処置として適切なのはどれか。

a. 切断
b. 骨接合
c. 動脈吻合
d. 皮膚縫合
e. デブリドマン

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【正答:E.デブリドマン】です。汚染創では洗浄した後にデブリドマンを行います。



[医師国家試験 111回 C問題 22番]より


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45歳の男性。3時間前に左下肢を耕うん機に挟まれたため救急車で搬入された。現場で副子固定を受けている。1年前の人間ドックでは特に異常を指摘されていない。意識は清明。心拍数88/分、整。血圧100/60mmHg。SpO2 100%(リザーバー付マスク10L/分酸素投与下)。開放創は土壌で軽度に汚染され脛骨の骨片が露出している。後脛骨動脈の脈拍を触知し、足底の感覚は保たれているが、足背は感覚が脱失し、足趾は背屈不能である。血液所見:赤血球433万、Hb 14.2g/dL、白血球4,200。血液生化学所見:総蛋白6.5g/dL、CK 253U/L(基準30〜140)、尿素窒素20mg/dL、クレアチニン1.2mg/dL。CRP 0.1mg/dL。下肢の写真とエックス線写真とを別に示す。直ちに輸液を開始し、麻酔下で創部の洗浄を行った。

次に行うべき処置はどれか。

a. 植皮
b. 血管吻合
c. 大腿切断
d. 神経縫合
e. デブリドマン

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こちらも【正答:B.デブリドマン】ですね。土壌による汚染創ですから、まず綺麗にしなければなりません。(こちらの場合は特にDPTワクチン等の接種歴を確認の上、破傷風トキソイドやグロブリンも考慮する必要があるでしょうか...)



前者は(鋭い刃を持たない)ベルトコンベアによる巻き込み事故ということなので挫創になることが多いと思われますが、よくよくキズ診ると皮膚の創縁が整っていますので、一概にそうは言えなさそうです。

もしかしたら、ベルトコンベアの先には刃の付いた部分があり、それによって受傷したのかも知れません。

レントゲン画像では橈尺骨が骨折していますので、それによる穿破創である可能性は十分念頭に置く必要がありますね。


後者のケースでは、耕運機による事故なので、正確には労働災害ではないかも知れないですが、機械の巻き込まれ事故ということなので取り上げています。

耕運機は刃を持ちますので、それによる切創がメインかと思われます。

皮膚は切創と言えますが、キズの内部に目を向けると筋挫滅?している様子が確認でき(もしかすると土汚れかも知れませんが)、刃自身による外力以外の力もかかっていそうです。

レントゲン画像ではある程度整復されているのでわかりにくいですが、腓骨が折れているのと、橈骨も粗面のあたりから折れてそうですよね。(可能なら2方向画像で欲しい...)

断面をみて骨折が切断によるものか?確認しなければはっきりしません。

こちらの場合も、骨折がありますので穿破創を念頭に置いておく必要があります。


というように、労働災害は創傷自体の重要性も高いのですが、それと同じくらい労働者がどのような環境にあったか?ということも大事です。

それは労働環境(事故が起きやすい環境だったのか?)だけではなく、

・持病が悪化して事故が起きたのではないか?
・労働者は飲酒等していなかったか?
・事故後救命できる可能性があったのか?

といった情報も大切になってきます。



労災は事故に遭われた本人は当然ですが、その方と生活を共にする家族にも大きな影響を与えます。

だからこそきちんとした補償はされるべきであって、我々法医学者もその一翼をになっているんです。



[医師国家試験 109回 A問題 47番]

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[医師国家試験 111回 C問題 22番]

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