暑くなってくると"熱中症"が問題になってきます。
夏の法医実務でも、"熱中症"で亡くなった方の解剖は当然増えます。
今回はその"熱中症"を取り上げたいと思います。
熱中症は『体温調節が追いつかず破綻してしまうことで高体温となり、身体が障害された状態』を言います。
生きている間は、高体温かつ「暑いところにいました。」という証言が得られれば比較的容易に"熱中症"と診断できるのかも知れません。
しかし、法医学ではそういった情報がないことが多いです。
だからこそ、きちんと死後診断する必要あります。
まずは"体温"について考える必要があります。
かなり大雑把に『死後の体温は大体1時間に0.8℃下がっていく』と言われています。
そこから逆算し、亡くなったと思われる時間と比較して大きなズレがあると『高体温であったか?』と疑えます。
具体例として「防犯カメラの前で亡くなってから5時間経っても体温がまだ35℃でした。」と聞かされたとします。
しかし、上記の式を使って逆算してみると、5時間経っているとすれば『+4℃→39度だった』と考えられます。
ですので、「生前に高体温であった」もしくは「体温が下がりにくい状況だった」などが考えられます。
前者だけに目を取られるのではなく、後者を考えることも大切です。
熱中症とも関連しており、 服を着込んでいた、炎天下に晒されていた、肥満体型だった...等の状況をしっかり確認する必要があります。
では、そのような状況を確認し矛盾がなければ「熱中症でいいか」と言うとそうではありません。
確かに"熱中症"でも高体温となりますが、それ以外の原因でも体温が上がることなんてたくさんありますよね。
例えば"運動"です。
皆さんもスポーツしたり走ったりすると発熱しますよね。
熱中症以外の他の死因であっても、直前まで運動していたら高体温状態で亡くなる可能性はあるわけです。
他に"感染症"もあります。
風邪やインフルエンザに罹ると発熱しますよね。
そういった感染症に罹っていなかったか?というのはきちんと診なければなりません。
その他として重要なのは、覚せい剤を始めとする"薬物中毒"です。
薬物を使用することで体温が上昇することが知られており、薬物取り締まりの関係からもこれは絶対に見逃してはいけません。
他にも細かな高体温を来す原因はあるのです、それら多くの疾患を否定する上でも解剖を含めた死因究明は必要になってくるんですね。
では、実際に解剖でどういうところをみるのか?というのも簡単に説明していきたいと思います。
先ほど書いたように"熱中症"を直接判断するのは簡単ではありません。
"熱中症"を示す間接的な所見もかなり重要になってきます。
まずは"脱水状態"であることです。
熱中症では、体温を下げようと汗をたくさんかきますので体の水分が減っています。
亡くなってしまうような重症例では、皮膚が乾燥していたり、場合によっては眼球の水分が減って凹んでしまっていることもあります。
体内では血液が濃縮されドロドロしているケースもしばしばみられます。
続いて最もと言って過言ないほど重要なのが、"筋肉の融解"です。
熱が加わることで筋肉が崩壊してしまうんです。
崩壊すると筋肉から漏れ出てくるのが"ミオグロビン"というタンパク質です。
このミオグロビンが抜けた筋肉はピンク色→灰茶色のようなくすんだ色になります。
なので、解剖を開始して筋肉がこういった色をしていたら熱中症の疑いを強めていきます。
また漏れ出たミオグロビンが血液や尿の中に流れ出るので、それを検査します。
顕微鏡検査で細かく腎臓で絡まっているミオグロビンを確認することも有効です。
しかし、亡くなった後は時間の経過とともに正常でも(≒熱中症でなくても)筋肉は崩壊していくんです。
ですので、特に血液のミオグロビンが高かったり、長時間経過したご遺体において、「死因は熱中症だ!」とは単純に言えないケースもあることには注意しなければなりません。
ということで、結局のところ『解剖結果単独で判断するのは難しいこともある』というのが現状です。
警察や医療関係者から、
・発見時の状態
・生前の状況
・既往歴/基礎疾患
・内服歴
などを必ず聴取しなければなりません。
もちろんその日の天気や風通し、ご遺体が着ていた服装なども重要です。
それらを総合して踏まえた上でやっと『死因は熱中症です!』と言えるんですよね。
法医学で行っている死後診断は、この"熱中症"のように「生前の診断と難易度が違う疾患」も実は少なくありません。
やはり本人の訴えを聞くことができない、"死体は喋らない"という点が大きな違いですかね。
経験豊かな法医学の先生方にとっては"死体は語る"そうですが、まだまだ未熟な私は修行が足りないようです...。