凍死・低体温症、矛盾脱衣・潜り込み現象

今回は"凍死"について書いていきます。

臨床では低体温症として治療されますが、それが過ぎると"凍死"し場合によっては我々の元に運ばれてきます。


しかし、実際に「低体温でなぜ亡くなるのか?」皆さんは説明できるでしょうか。

"凍死"とは言いますが、決して身体が凍ってしまって亡くなるわけではないんです。



大体『体温が約30℃以下になってくると死亡する恐れが出てくる』とされます。

水が凍るのが0℃以下ですから、それよりも高いはずですよね。

なぜか...?

詳しくみていきましょう。

最後の方には特異な"矛盾脱衣"と"潜り込み現象"についても取り上げたいと思います。



まず低体温の定義からですね。

低体温症:『深部体温が35℃以下になった状態』

深部体温とは、一般的に脇などで計る皮膚温ではありません。

直腸や膀胱内に体温計を置いたり、場合によっては肝臓に直接温度計を差し込むことで測定される温度のことです。

深部体温は基本的に皮膚温より数℃高いと言われていますので、低体温症の皮膚温は35℃よりも低いです。


低体温は必ずしも極寒の環境下で起こるわけではありません。

身体の発熱活動が低下していたりすると、10℃ほどでも亡くなってしまうことがあります。

発熱活動の弱い高齢者や衰弱者、痩せた人、男性(女性に比べ皮下脂肪が少ないため)などは低体温のリスク要因となります。

物理的に身体がより冷えやすい環境、つまり薄着や濡れた服の着用、風通しの良さ、コンクリートや地面ではなく鉄板の上に倒れていたなども、低体温症になりやすいです。


またアルコールによる酩酊も大きなリスクファクターです。

これはアルコールの影響で血管が拡張し身体が冷えやすくなるという理由に加え、酩酊によって感覚が鈍る・動けかくなることで低体温環境から物理的に逃れなくなるという側面もあります。

このように、低体温症になるためには意識障害などの「低体温環境から逃れない理由」が存在することも重要です。

ですから、睡眠薬や向精神薬等の中毒も必ず念頭に置く必要があります。

死ぬほど寒いのなら、本能的にそこから逃げれば良いですもんね。



凍死:『低体温によって死亡したもの』

つまり、『低体温症による死亡』が"凍死"なわけであって、決して身体が凍ったことで死亡したことを指す言葉ではありません。


冒頭にも書きましたが、環境温度が10℃以下、深部体温では30℃以下でなくなる可能性が出てきます。

これは凍結する温度ではありません。


それでは、身体が凍ったわけではないのになぜ亡くなってしまうのか?

直接的な理由は『低体温によって引き起こされる"致死的な不整脈"(心室細動など)』と言われています。


ただ「その不整脈がなぜ低体温によって引き起こされるのか?」ははっきりと書かれたものは多くありません。

一説によると、

低体温によって血液が粘っこくなって
血栓が出来やすくなって
毛細血管が詰まって
細胞が死んで
細胞の中のカリウムが血中に出てきて
高カリウムによって不整脈が発生する

と書いてあったりします。

単純に低体温によって心臓の活動が弱くなり、その結果心臓のペースメーカー機能が障害されて不整脈が出たりするのかな?と思ったりもするんですが、詳しい人はぜひ私に教えてください。



法医学的な話を進めていきます。

実際に体温が低くて亡くなっていますので、『死亡時刻から推定した体温に比べて、実際の体温は低い』です。(死亡推定時刻からズレている)

また体温が低いため『腐敗の進行も遅い』ことが多いです。

かつて「凍死は死の中で最も綺麗な亡くなり方である」と私自身聞いたことがあるのですが、それはこういう理由からなのでしょうかね。(本当にそうなのかはあまり実感しませんが...)


『死斑は通常より赤っぽい』こともあります

膝や肘などは皮下脂肪の少ない部位では血流が遅くなり、この現象がよく見られるとも言われます。


この赤っぽさは『血中の酸化ヘモグロビンの割合が多いため』です。

酸化ヘモグロビンとは「酸素を抱え込んだヘモグロビンのこと」を指します。

酸化ヘモグロビンは、暗赤色である酸素を持っていないヘモグロビン(還元ヘモグロビン)に比べて赤いです。

温度が低いと血中のヘモグロビンは掴んだ酸素を離さなくなるため、結果的に酸化ヘモグロビンが多くなるんですね。

ただしこれは死後にご遺体を冷やすことでも起きる現象で、これがあるからといって「死因は凍死である」と言っちゃうのは早とちりですよ。

ご遺体をモルグに入れている間に変化して、「死斑が赤くなりました!」と警察官がびっくりしていることがよくあります。



続いて解剖所見です。

実際に低体温ではどうなっているのか。


最も目に見えて特徴的なのは

・左右心臓血の色調差
・胃粘膜の出血斑

だと思います。


『左右心臓血の色調差』

これは先ほどの"赤っぽい死斑"と同じ原理です。

通常のご遺体では左心血・右心血で色調に差はほとんどありません。

それが凍死したご遺体では左右の心臓血で色が違うんですよね。

具体的に、

『吸った冷たい空気に触れた"左心血は赤色"』
『体を巡って暖まって戻ってきた"右心血は暗赤色"』

になります。

これは割とはっきりと違ってみえます。

近年では簡単に血中の酸化ヘモグロビンの割合を測定する機械がありますので、見た目という主観的なものではなく数字による客観的な判定も可能になりました。


また血液は通常固まるわけですが、低温によってその固まる現象が抑えられており、「解剖時に血液を外に出した後にその凝固現象が起きる」ということもしばしば経験されます。


『胃粘膜の出血斑』

これは法医学ではWischnewski斑[ヴィシュネフスキー斑]と呼んでいます。

「低体温ストレスによる粘膜傷害による」
「低体温によって血流が悪くなり粘膜が壊死する」
「低体温によって血管が拡張することによる」

などが原因と言われます。

典型的には1cm弱くらいの出血斑点が無数に胃の中に出来ており、初見ならギョッとするかも知れません。


その他の所見としてやや専門的ですが、

・(主に腰の)筋肉出血:低体温に対するシバリング(ふるえによる熱産生)で酸素需要は増えるが、酸素供給が足りず血管が破綻するため
・尿の多量貯留:寒冷利尿のため
・脾臓貧血:寒冷利尿による脱水のため?
・肺の虚脱(ピトッとするような...):寒冷利尿による脱水のため?
・膵臓や耳下腺の壊死:血液の粘稠化等による局所的な末梢循環不全のため?寒冷刺激によるDICのため?
・陰嚢の収縮や精巣の挙上:低体温による陰嚢反射

また低体温によって代謝が障害され、高血糖や(嫌気性代謝による)アセトン上昇を血液や尿の検査で認めることがあります。



最後によもやま話として

・矛盾脱衣
・潜り込み現象[hide and die syndrome]

について書きたいと思います。


凍死されたご遺体の発見状況を警察から教えてもらうと、

"矛盾脱衣":『寒い中なのに服を脱いで、全裸になって亡くなっている』
"潜り込み現象":『狭い空間に挟まったり潜り込んだりした状態で亡くなっている』

というご遺体にしばしば遭遇します。

本によってはこれらの現象が『凍死の20-60%に認められる』と書かれているものもあるくらいです。

これは「低体温によって体温調節中枢が障害されるため」や「低体温による幻覚(意識障害)のため」と言われますが、はっきりはしていません。

飲酒者ではアルコールの影響もあると思います。

こういった現象もも実は重要な情報なんですよね。



ズラッと長々書いてしまいましたが、凍死は原則として"除外診断"(他の原因を除外することでゴミ箱的に診断される)と言われます。

ですので、今回挙げてきた所見があるから凍死であるとは厳密には言えません。

前半に書いたように、【何故低温環境から逃れられなかったのか?】等の情報もすごく重要になってきます。

そこもきちんと矛盾なく話の筋が通った説明ができなければいけません。

ですので、凍死は思っている以上に診断に難しい死因と言えます。

大変奥が深い死因なのです...。