今回は薬毒物スクリーニング検査で使われていた"トライエージDOA"について書いていきたいと思います。
『薬毒物中毒は全般的に肉眼的な所見に乏しい』と言われますので、こういったキットは死因究明において必需品です。
ただこの"トライエージ"というキットに関しては、臨床現場でもよく利用されていた簡易尿検査キットだったのですが、現在はもう販売を終了しており、今現在使用されることはありません。
ですが、基本的な考え方は今使用されている類似のキットとあまり変わりません。(違いは後述の通り)
概念として知っていてもよいとも思いましたので、今回は取り上げます。
キット自体の外観は画像の通りです。
かなりコンパクトですよね。
必要な尿量も140μLとかなり少ないです。(140μL=0.14mL)
1回使用で終わりのディスポーザブルです。
ちなみに当時は1個(1回)あたり3500円くらいしました...。
このキットは血中濃度を調べるものではなく、あくまで尿中の薬毒物を検出するために使用されます。
血液が腎臓で濾されることによって尿は出来上がるので、間接的に薬毒物の摂取を検出することができます。
またこのキットは"定量検査"ではなく"定性検査"になります。
定量検査:検体中の濃度を測定する検査。結果は具体的な数字で出ます。
定性検査:検体中の濃度が基準以上かどうかを調べる検査。結果は陽性・陰性で出ます。
このキット検査は定性検査なので、業者が独自に定めた濃度以上で陽性バンドが検出されます。(とは言え、実務上は問題ないくらい十分高感度です)
しかし、法医実務上では、その薬毒物の影響を考えなければいけないため具体的な数字が絶対に必須です。
従って、このキットで陽性であれば、追加でさらに精密な機械を用いて定量検査をきちんと行う必要があります。
検査できる項目も、ありとあらゆる薬毒物というわけではありません。
項目は各製造会社のキットで違うのですが、この"トライエージ"では、
・フェンシクリジン類(PCP)
・ベンゾジアゼピン類(BZO)
・コカイン系麻薬(COC)
・覚せい剤(AMP)
・大麻(THC)
・モルヒネ系麻薬(OPI)
・バルビツール酸類(BAR)
・三環系抗うつ剤(TCA)
の合計8種類です。
これらの薬毒物を尿中から検出することができます。
逆を言えば、これら8種類以外の薬毒物はこのキットでは検出できません。(検出できない薬毒物についても別の方法でちゃんと検出できます、ご安心を)
またある種の風邪薬や漢方を飲んでいると、薬毒物は飲んでいないのに陽性と判断される(偽陽性)こともあります。
そういう意味でも、このキットはスクリーニング検査用ということですね。
手順はすごく簡単です。
1. 尿検体140μLを規定の場所に加える。
2. 10分間そのまま放置する。
3. 反応させた尿検体全てを別の規定の場所に移す。
4. 検体が完全に染みこんだ後に、付属の洗浄液を3滴中央に加える。
5. 5分以内にバンド結果を確認する。
陽性(+)ではバンドが認められ、陰性(-)ではバンドが認められません。
合計20分弱で判定できるというわけです。
結果を正確に判断できるよう、手順は必ず守る必要があります。(判定時間を守れていないケースもしばしば見受けられますから...)
判定に際しては、大前提として、
・ポジティブコントロールPOSがちゃんと出ている (ここはいつでも陽性)
・ネガティブコントロールNEGがちゃんと出ていない (ここはいつでも陰性)
という点に注意しなければなりません。
画像の上のように、「POSは出ずにNEGは出ている」というのは最悪のケースです。笑
片一方だけが予定通りではない場合でも、同様にその検査がどのような結果であれ"不適"と判断しなければなりません。再検査です。
結果としては、目的の薬毒物があればバンドが出てくるのというものなのですが...。
せっかくなので、詳しい原理についても書いていこうと思います。
赤色三角が"①尿中薬毒物分子"としています。
元から規定量の"②標識済抗体"(黄色菱形)と"③特異抗体"(Y字)はすでにキットに入っています。
それら3つを反応させ、①②が余った場合、その余った①と②が流れた先にさらに植え付けられている③と反応することで、バンドが陽性となって確認されます。
薬学的に言えばいわゆる"競合阻害"的な考え方ですね。
この"トライエージ"と他の尿検査キットとの大きな違いが、
陽性(+) → バンドが出現する
陰性(-) → バンドは出現しない
という感覚的にも分かりやすいところなんですよ。(特許も取っているとか...?)
他のキットは、
陽性 → バンドが出現しない
陰性 → バンドが出現する
と、「薬毒物がなかったらバンドが出て、あったらバンドが消える」という感覚的にも逆の結果が表示されるんです。
原理としてはトライエージよりも素直なので悪いわけではないのですが、どうもしっくり来ないので個人的にはトライエージの方が好きでした。
判定についても、薬毒物の判定としても「バンドが出ない」というのを判断するよりも、「バンドが出る」というのを判断する方がやりやすいというのもあります。
前者では、実際検視官の方もよく悩んでいますし。
またトライエージに似たようなキットが出てくることを期待したいですね。
ということで、今回は簡易尿中薬毒物検査キット、特にトライエージを取り上げてみました。
冒頭に書いたように、これが「陽性だっだ」で決して終わってはいけません。
そこからさらに詳細な検査を行うことが求められます。
またこのキットで陰性だからといって、漫然と受け入れてしまうのも考え物です。
仮にこのスクリーニング検査が陰性であっても、状況等から薬毒物の使用が疑わしい場合は積極的に追加検査すべきだと思います。
薬毒物検査は法医学の中でも、社会的ニーズの大変強い分野だと思います。
臨床医学からの測定依頼も稀にあったりしますね。
そういう意味では、ある意味臨床にも近い分野かも知れません。
最近は測定機器も進歩し、原理が複雑になった一方、かなり詳細に調べることが可能となりました。
我々法医学者も単に結果だけをみて判断して終わりではなく、きちんと理解した上でそういった検査ツールを使用していきたいものです。