ご遺体の身元特定が不明の場合、年齢推定することはとても重要です。
ある程度の年齢が推定できることで、ターゲットとなる対象者を狭めることができるからです。
法医学で使われるポピュラーな年齢推定の方法としては
・歯のすり減り具合/咬耗度
・上腕骨の骨髄腔の高さ
・頭蓋骨縫合の癒合の程度
・骨の骨棘形成の程度
・恥骨結合面の平行隆線の様子
などが挙げられます。
ご覧のように、これらは基本的に"骨の所見"に基づく推定が多いことが分かります。(参考記事:「白骨」)
この理由は、逆に白骨でなければ「常識の範囲内で見て大体分かるから」なのでしょうね。
とは言え、『もっと具体的に肉眼的所見からある程度年齢を推定したい』と思うのが法医学医のサガです。
実際のところ、そこまで確固たる所見はないのですが、助けとなる数少ない所見の1つが今回の"老人環"です。
早速みていきましょう。
老人環 [arcus senilis]:虹彩の外周にできる白色〜黄白色調の"輪状混濁"のこと。幅は約0.3〜1mm。大体40歳以降で見られ始める加齢性変化で、脂質が沈着してできると言われている。視力に影響はなく生理的な変化である。
ちなみに、通常の目なら↓です。
"老人環"は黒目の外側の"リング状白濁"のことですね。
前述のように、"老人環"があるからといって何か臨床上問題があるわけでは決してありません。
単なる加齢性変化です。
ただ法医実務上は、老人環があるご遺体をみると「40歳以降かなぁ?」となるわけです。
ただ、老人環を持つ30代の方もいらっしゃいます。
ですので、この老人環所見だけではせいぜい"かなぁ"レベルの推定に過ぎません。
実際の"老人環"の画像がたまたま医師国家試験にも掲載されていました。
(※[第106回医師国家試験E問題13番]より)
正直なところ、"老人環"云々を知らなくても、この画像をパッと見ただけで、皮膚の皺等を鑑みてある程度年を経ている方だというのが誰にでも分かると思います。
少なくとも、40歳よりも下と判断する方はあまり多くないことでしょう。
...そうなんです。
こういった"肉眼所見による年齢推定"というのは、個人差があまりに大きすぎてはっきりしたことが言えないんですよね。。
"老人環"はざっくりと当然高齢者に多い所見であり、80歳では殆どの方で認められると言われています。
しかし、「じゃあ、何歳から認められ始めるのか?」と言われれば、
『40歳頃から認められ始めます。ただし30代でも出現する可能性はあります。』
ということになり、「20歳か?70歳か?」という2択なら答えられる可能性はありますが、法医実務では当然そんなシチュエーションはありませんよね。
それに、上にも書いたように、目の前のご遺体が20歳か?70歳か?なんて、"老人環"などの小難しい話をしなくても、常識的に考えれば誰でも判断できるんですよ。
従って、「この"老人環"所見は基本的に実用性は無い」と個人的には思っています。
他にも肉眼的所見による年齢推定に
『陰毛に白髪が生えてくるのは30歳以降である』
なんてのもありますが、これも"老人環"同様実用性には乏しいと考えています。
ということで、今回は"老人環"についてみてきました。
最終的に「法医学上、実用性は乏しい」とは書いてしまいましたが、加齢性変化としては興味深い所見であると私は思っています。
皆さんにもそれを知ってもらい、少しでも法医学に興味を持ってもらえれば幸いです。