老衰・老衰死・自然死とは何なのか?

皆さんもよく聞く"老衰"という病名。

2020年の死因統計では死因順位の第3位であり、90歳以上においては第1位となっています。(参考記事:「死因統計」)

老衰死の総数は約13万人(全死亡者の約9.6%)とおよそ10人に1人が"老衰"によって亡くなっています。


それでは『"老衰"とは一体どういうものなのか?』そして『"老衰"にはどんな問題があるのか?』

今回はそんな"老衰"に焦点を当てたいと思います。



"老衰"の明確な定義はありませんが、厚生労働省発行の死亡診断書記入マニュアルにはこう書いてあります。

『死因としての「老衰」は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用います。』


また日本法医学会の法医学用語集における"老衰"の記載は下記の通りです。

『加齢による心身の機能低下により、生命を維持することが難しいという状態。死因となる特定の病気や外傷がなく、老化により自然に亡くなった場合をいい、死亡診断書、死体検案書では「自然死」に分類される。』


従って、

【高齢者であり、他の死因がなく、老化によって自然と死亡した状態。】

と言えそうです。(※あくまで今回この記事においての定義です)

しかし、かなり抽象的で病態がはっきり見えてこないですよね。。



臨床ではどのような基準で"老衰"という病名を付けているか?というのを調べてみても明確なものはありません。


老衰の死亡診断を行ったことがある在宅医に対するインタビューやアンケートの結果を見ると、

・年齢的な目安はなし または 概ね80〜85歳以上
・(ADLや経口摂取量等の)緩徐な状態低下
・他に致死的な病気の診断がついていない
・継続的な診療を行っていること(月〜年単位)

が"目安"として挙げられているようでした。

ただしこれは在宅医に限られたものですし、決して医師に全体に適用できるものではないことに留意する必要があります。


他にも近年は寿命も伸びていますので80歳〜というのは多少違和感がありますし、長期間診療下にあるというのも在宅医だからこそ可能な診療と言えるかも知れません。

『他に致死的疾患が診断されていない』というのも、裏を返せば、もっと詳しく死因究明を行えば"真の死因"が出てくるかも知れないということです。

しかし、どの現場でも満足な死因究明ができるとは限りませんし、どこまでが妥当なのか?というのは一概に言えません。



実際、死因究明を行う法医学者の私自身は"老衰"という死因を解剖後に付けることは殆どありません。

それは、解剖を行えば、何かしら致死的な疾患(多くが心疾患)が認められるからです。

ただその心疾患も医師によっては「"加齢性変化"だから老衰の一形態に過ぎない」と判断するかも知れませんし、私も十分理解できます。


同じように、例えば歳をとって嚥下機能が落ち、それによって誤嚥性肺炎を起こした場合における判断でも医師によって違う可能性があります。

①嚥下機能低下は老衰によるものだから、死因は"老衰"とだけ書くのか?
②直接死因:"誤嚥性肺炎"の下に"老衰"を書くのか?

これも診断した医師の判断によって変わり得て、どちらが正解という話ではありません。


ちなみにマニュアルには②が例として記載されています。

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ただしこう記載しても、死因統計のマイナールールによって、(イ欄)の"老衰"は無視され、(ア欄)の"誤嚥性肺炎"が統計上の死因として集計されます。

つまり②のパターンは統計上"誤嚥性肺炎"で亡くなったとして扱われます。

ですので、もしかすると、いわゆる"老衰死"(≒医師が"老衰"と思っていたケース)は統計上の数字よりもっともっと多い可能性は十分にあります。


そして、こういった曖昧さが"老衰"統計の不正確性に繋がってしまっている気がします...。



正直に言うと、私自身も臨床医の頃に悩みつつも死因に"老衰"と付けたことがあります。

"老衰死"はいわゆる「大往生」のイメージもあり、遺族にとっても納得しやすい死因です。

あえて積極的にそういった"老衰"という死因をつけることで、遺族を納得・安心?させてあげたいというドクターがいるという話も聞きました。

また前述のように満足な疾患検索ができない場合では、むしろ"老衰死"を免罪符のような扱いで使ってしまうこともあるかも知れません。


ある程度の年齢や経過があれば、天寿を全したとして"老衰"という診断で良いという意見ももっともだと思います。

ただ少なくとも今現在の"老衰"診断においては、医師の中で統一した定義もなければ診断基準もなく、そんな中統計してしまっている現状はマズい気がしています...。



以上のように、実際は"老衰"自体まだ分からないことばかりです。

そうした中でも、"老衰"は死因統計の3番目に挙がってくるほど増えてきてしまっています。(この数字が正しいか?は別にして)

私には解決法が見つかりませんが、早急に何とかしなければいけない問題だと思います。

老衰...難しいですね。。