前回まで解剖の種類について書いてきました。(参考記事:解剖種類①、②、③)
それでは、実際にそれら解剖を誰でも行って良いのか?という話が出てきます。
答えは"否"です。
条件をきちんとクリアしていなければ、その執刀者は"死体損壊罪"に問われることになります。
それら条件は『死体解剖保存法』に書かれています。
具体的に条件を見ていきましょう。
ポイントとなるのは、
・解剖目的
・保健所長の許可 許可を得ない例外の場合は"死体解剖資格"等
・遺族の承諾
・適切な解剖施設
になってきます。
まず解剖目的が『公衆衛生・医学教育・医学研究のため』でなければなりません。
そして、その上で『(解剖する地の)保健所長に許可を得る』必要があります。
これが大原則です。
『なんでもかんでも解剖してはいけない』ということですね。
ただ逆を言えば、法律上は、保健所長の許可が下りれば、医師でなくても解剖はでき得るのかも知れませんね。(ほぼ100%許可は下りないのでしょうが...)
どのような基準で保健所長が解剖許可を判断しているのか?は私は知りません。
それでは、実際のところ「我々法医学者は毎回解剖の度に保健所に許可をもらっているのか?」と聞かれればそうではありません。
実は『保健所長の許可が不要となるケース』があり、我々はそういった"例外"に該当しているため保健所の許可を取らずに日々解剖を行えています。
その保健所長の許可が不要となる"例外ケース"は以下の7つです。
・死体解剖資格を持つ者が解剖する場合
・医学・歯学系大学の法医学・病理学・解剖学の教授または准教授が解剖する場合
・監察医が解剖する場合 (※前々回の記事参照)
・司法解剖の場合 (※前々々回の記事参照)
・食品衛生法に基づく解剖の場合 (※前回の記事参照)
・検疫法に基づく解剖の場合 (※前回の記事参照)
・調査法解剖の場合 (※前々々回の記事参照)
つまり我々の扱う"法医解剖"では保健所長の許可は原則必要ないということですね。
あとこれらの条件に加え、
きちんと整った解剖室で行われるか?
遺族の同意はあるか?
というのを満たす必要があります。
条件自体は以上ですが、例外規定のにある"死体解剖資格"について補足していきたいと思います。
解剖するための、その名もずばり"死体解剖資格"というものがあります。
前述のように、この資格を持っていると保健所長の許可が必要なくなります。
この資格は厚生労働大臣による認定です。
年に1回程度、偉い先生方が集まって行われる"審議会"が開催され、その中で審査されます。
申請する際は、主として行う解剖の種類(法医解剖か?病理解剖か?系統解剖か?)を選択します。
"死体解剖資格"は医師免許や歯科医師免許とは別物ですが、これら免許を持っていると持っていないとで、申請条件大きく変わります。
やはり医師免許・歯科医師免許を持っていると比較的取得しやすいと言えます。
医師免許もしくは歯科医師免許持っている場合
・年間10例以上の解剖を行っている施設に所属している
・免許を取得して2年以上経過し、解剖に初めて従事してから2年以上従事し、直近の5年以内に適切な指導者の下で20例以上解剖を行っている
医師免許もしくは歯科医師免許を持っていない場合 [系統解剖編]
・医学・歯学系大学の解剖学の助教(常勤)または講師(専任)であり、研究や教育に従事している
・解剖に初めて従事して5年以上従事し、直近の5年以内に適切な指導者の下で50例以上系統解剖を行っている
をそれぞれ全て満たす必要があります。
また、その他の場合として、
・医学・歯学系大学の法医学・病理学・解剖学の教授または准教授が、離職後も継続して従事する
・死体解剖資格を持つ者と同等以上の知識および技能を有すると認められる
以上のいずれかに当てはまる方も認められます。
※これらの条件はちょこちょこマイナーチェンジされるので、申請を予定されている方は必ず事前に調べておいてください。
ということで、系統解剖以外で認定を受けようと思うと、実質上医師免許ないし歯科医師免許が必須というのが現状だと思います。
そして、解剖後は"死体検案書"を作成することになりますので、『医師免許を持って法医解剖を行うケース』が実際には多いとは思います。(死体検案書は医師しか作成できない)
もちろん『法医解剖は別の法医学者が行い、死体検案書は医師が作成する』という場合もなくはないと思いますが、執刀医が検案書を書かないというのもチグハグな印象は受けてしまいます。
実際の審査結果をみますと、認定が"不適当"(=資格を認めない)と判断されているのは、"医師及び歯科医師以外の者"がほとんどです。
それだけ免許のない方の認定は厳しくみられているのかも知れません。
ただ何度も言いますが、『法医解剖には保健所長の許可は不要』です。
それならば、保健所長の許可以外の条件を満たせば、法律上は『法医解剖には医師免許も歯科医師免許も不要』ということなんですかね。
前述の死体検案書の兼ね合いもありますし、解剖後に作成する鑑定書や報告書といった医学的な書類を作成しなければならないことを考えると、医師免許(や歯科医師免許)を持たずに解剖をさせている(※助手を除く)法医学教室は存在しないとは思いますが、こういった点は明確な基準で運用されている臨床医学と比べるとファジーな印象を受けますね。
以上です。
視点を変えれば、『法医学者には死体解剖資格なんて必要ない』という見方もできるかも知れません。
しかし、承諾解剖では死体解剖資格を持っている必要がありますし、実際のところは殆どの法医学者が資格の認定を受けています。(というか、普通に法医実務をこなしていれば認定基準は余裕で満たしますし)
ですので、法医学者を目指す方はまずこの資格を念頭に置くと分かりやすいと思いますよ。
是非頑張ってみてください。