目の前に"液体"があります。
「その"液体"が何なのか」を知るためにはどうすればよいでしょうか?
法医学では様々な体液を扱います。(参考記事:「法医学における体液」)
↑ような「目の前の物体が何なのか?」を調べるために行われる検査を法医学では"物体検査"と呼んでいます。
今回はこの"物体検査"を取り上げます。
法医実務では、"各物体に特異的な物質"を検出することで、物体・試料を特定しています。
例えば、
・血液 → ヘモグロビン
・唾液 → αアミラーゼ
・精液 → 酸性ホスファターゼ (参考記事:「精液検査」)
・尿 → ウレアーゼ、尿素
・汗 → 尿素、ダームシジン
・糞便 → 胆汁、インドール
こういった物質を検出することで、特定を進めるわけです。
詳しくみていきます。
例えば、皆さんの目の前にコップに注がれた液体が置いてあった際、それが何であるか?をどうやって知るでしょうか。
目の前で注がれたら簡単ですが、冷静に考えるとそれが難しいことが分かると思います。
最も単純なのは"五感"を使った調査ですね。
"聴覚"はなかなか難しいので実際は四感になりますかね。
・視覚 → 見た目。色や透明度を確認する。
・触覚 → 液体触って性状や感触を確認する。
・味覚 → 味。実際に舐めてみて味や風味を確認する。
・嗅覚 → におい。匂いや臭いを確認する。
これらを確認した上で、自分の経験リストから似たような物体をピックアップすることでしょう。
ところが、当然ですが、法医学ではそうはいきません。
・物体が人体に危険な物質かも知れない
・貴重な試料をできるだけ消費したくない
・五感に基づく判断は客観性に乏しい
このような致命的な欠点があります。
そこで行われるのが、より安全で科学的・客観的な"物体検査"です。
この"物体検査"では、基本的に"特定の物質"の当たりをつけた上で行われます。
つまり「全く見当もつかない状況で、無鉄砲に行われるわけではない」ということですね。
もちろん、昨今の分析機器のパワーアップは目覚ましいですから、今後網羅的に物質を特定することも十分可能になってくると思いますけどね。
具体的な各手順は、目的とする物体・物質によって当然違います。
ですが、原理・考え方は「各物体に特異的な物質を検出する」で一貫しています。
・血液 → ヘモグロビン
・唾液 → αアミラーゼ
・精液 → 酸性ホスファターゼ
・尿 → ウレアーゼ、尿素
・汗 → 尿素、ダームシジン
・糞便 → 胆汁、インドール
冒頭に書いたように、例えば血液であれば、「血液に含まれるヘモグロビンの検出を以て、"血液"と判断する」とか、
唾液であれば「唾液中に存在するαアミラーゼの検出を以て"唾液"と判断する」といった感じですね。
ところが、ここで問題が出てきます。
それは「検出した物質は、その物体に特異的なものなのか?」ということです。
前述のリストを例に挙げてみます。
リストの中の"尿素"を見てみます。
尿素は、"尿"にも含まれていますし、"汗"にも含まれています。
ですので、仮に目の前の液体に"尿素"が含まれたからといって、
「"尿"である!」とか「"汗"である!」といったように断定できないわけです。
他にも、前述の"αアミラーゼ"も、実際は"精液"や"腟液"にも微量に含まれているとされます。
従って、"αアミラーゼ"が検出されても、必ずしも「唾液である」とは言えないのです。
似たような物体であればあるほど、似通った成分だったりするので、当然鑑別が難しくなってきます。
ではどうするのか...?
方法は2つ考えられます。
1つは「特異度がほぼ100%の物質を検出する」ことです。
もっと簡単に言うと「確実にその物体にだけ含まれる物質を検出する」ということですね。
例えば「液体中に"移行上皮細胞"が含まれていたら"尿"が含まれている」と言えます。
"移行上皮細胞とは基本的に泌尿器系の臓器にしかない細胞なので、それがあれば一発で判断できます。
じゃあ、「最初からそういった物質を検出すれば良いじゃん」とも思えますが、
実際は費用が高額だったり、手順が煩雑だったり、含有量が少なくて確実に検出されるとは言えなかったりするので、
まずはスクリーニングとして一般的な物質の検出から行われるわけです。
2つ目の方法は、「たくさんの物質を特定することで、その物体である可能性を上げる」というものです。
先ほどの"尿素"の話でいうと、「尿素だけでは何とも言えないが、"ウレアーゼ"も検出されたら"尿"の可能性が高くなる」という具合ですね。
仮に1つでは決め手に欠ける物質であっても、その物質に特異的な物質がたくさん検出されれば、「より確からしい」ということです。
このあたりは"DNA型鑑定"の考え方にも通ずるものがありますね。
近年は、各体液に特異的な"microRNA"(miRNA)という小さな核酸を複数検出することで、確率的に物体鑑定を行おうとする試みもなされています。
今後より精密な手法が増えていくのかも知れません。
さて、ここまでいろいろと書いてきましたが、今回の考え方で一点だけ抜け落ちていることがあります。
それは、、、「混合した物体の場合はややこしくなる」ということです。
血液も尿も唾液も混ぜた物体の場合、見た目は血液に見えるかも知れませんが...様々な成分・物質が検出されてしまいます。
こういった場合はやや特殊な方法で進めなければなりません。(ここでは言及しませんが)
このように、訳もわからない物体が目の前にあった時、それが何であるのか?を判断するのは単純なことばかりではないのです。
今回の記事で、法医実務におけるその苦労を理解してもらえれば幸いです。笑