今回のテーマは"体位性窒息"です。
別記事でチラッと触れたことがあるのですが、今回改めて詳しく取り上げます。(参考記事:「外傷性窒息」)
英語では[positional asphyxia]と呼ばれています。
"窒息"と聞くと、多くの方が首吊りや首絞めをイメージされるかと思いますが、当然窒息の形態はそれだけではありません。
その形態の一つが"体位性窒息"です。
このような体位での窒息死が、"体位性窒息"として症例報告されています。
この"体位性窒息"は比較的新しい概念です。
他の窒息形態と比べても概念が明確に確立しているわけではないので、安直な診断は避けられるべきだとされています。
また必ずしも同じ状況で誰もが"体位性窒息"を起こすとは限りませんので、安易な判断・認識は絶対に禁物です。
体位性窒息:呼吸運動が制限されるような体位から逃れることができずに窒息すること。
この定義から、原則として以下の3つの条件は必須とされています。
①呼吸が障害されるような体位・姿勢であること
②その姿勢から逃れらない理由があること
③他の死因を除外していること
従って、この3条件を確認するためには解剖が必要になります。
ひとつずつ必須条件を詳しくみていきましょう。
①呼吸(運動)が障害される姿勢である
この条件はこの疾患の本質です。
窒息が成立するためには、呼吸が障害されなければなりません。
この呼吸の障害にも多くの型があります。
この"体位性窒息"では文字通り「体位による呼吸運動障害」が起きていなければなりません。
「どういう体勢であれば窒息する」という定型はありません。
"体位性窒息"として症例報告されたものをみますと冒頭に挙げたような体位があるようです。
画像にはしていませんが、これ以外にも「本当にこの体勢で窒息し得るのか?」と思ってしまうような姿勢のもの多くあります。
この辺りは『あくまで報告した筆者が"体位性窒息"と判断しているに過ぎない』とも言えますので、注意は必要かも知れません。
ただ私自身も「どう考えてもこの"体位性窒息"以外に死因が考えられない」という症例を経験したこともありますので、何とも言いがたいです。
②窒息姿勢から逃れらない理由がある
これは考えてみれば当然です。
呼吸が苦しければその姿勢から逃れればいいのですから。
だからこそ、逆に"その体勢から逃れられない理由"がなければならないわけです。
多いとされるのは、やはりアルコールを含めた薬物中毒です。
深い泥酔などによって意識障害を来たし、本来なら回避できる姿勢から逃れられることをしなかった...これが典型例です。
また、逃れられない別の理由としては、"物理的に逃れられない"という場合もあります。
つまり、、、
「自力で姿勢を変えることができない体勢である」
「そもそも姿勢を変えるほどの力がない」
などです。
前者は例えば、呼吸が苦しい姿勢で物体に挟まってしまった場合、
後者では、幼児や高齢者、麻痺患者などが挙げられます。
"窒息体位から逃れられない"
体位は見れば分かることも多いですが、これはきちんと死因究明をしなければ判断できません。
③除外診断である
除外診断...つまり『想定され得る他の死因を否定できていること』が3つ目の条件です。
窒息しそうな体勢で、逃れることができなさそうな状況であったとしても、、、
死因となる疾患や外傷が他にある場合は、"体位性窒息"と診断することに関してより慎重にならなければなりません。
診断する上では、もしかするとこれが最も重要かも知れません。
しかし、この「想定され得る他の死因を否定する」というのが厄介で、『ではどこまでの疾患を除外すべきなのか?』というのにコンセンサスはありません。
(これは法医学における"除外診断"全般に言えることですが)
もっと具体的に言うと、例えば、
「それであれば、突然する遺伝病に関してありとあらゆる遺伝子検査をした後でなければ"体位性窒息"の死後診断はできないのか」
という話になりますよね。
この答えはきっと"否"だと私は思います。
なぜなら、これを言い出したら切りがなく現実的ではないからです。
どこかで何かしらの線引きは必要になってきます。
これに関しては、実際は診断する法医学者次第というところがありそうです。
個人的には『一般的な法医学者が想定するような死因はきちんと除外しましょう』というのが妥当なところだと思っています。
以上3点は少なくとも満たしていなければ"体位性窒息"の診断は避けられるべきです。
あまりに安易安直な診断基準をとってしまうと際限がなくなりますからね。
法医学の学会でも、"体位性窒息"に関してはやはり厳しい目で見られます。
それだけ「安易な診断は避けるべし」という"法医学者の表れ"だと私は思っています。
しかし、"体位性窒息"は病態としては明確に存在する疾患です。
きちんとした知識に基づいた、適正な判断が法医学者に求められているということでしょう。