制縛死

今回は"制縛死"について書いていきます。

この"制縛死"という言葉を皆さんは聞いたことはあるでしょうか。

法医学でも近年はあまり使われない言葉です。


文字通り「制縛による死、制縛中の死」ということなのですが、

制縛:圧迫や制限を加えて自由を束縛すること。

ということで、その拘束や束縛の状況など死亡時の周辺情報が重要となります。

"制縛死"とは、その死の状況を表したに過ぎないので、病名(死因名)ではないことには留意しなければなりません。



「何故"制縛"によって亡くなるのか?」

これには主に3つのタイプがあるようです。

①"挫滅症候群"に類するもの
②"体位性窒息"に類するもの
③"肺塞栓"に類するもの


ひとつずつ見ていきます。



①"挫滅症候群"に類するタイプ

このタイプは、手や足をキツく縛り、その後にその結び目が緩むことで、末梢側の代謝産物が体内を循環することで最終的に亡くなると言われます。

強く束縛して手や足の血の巡りを止めてしまうと、酸欠になった細胞が死んでしまい、その死んでしまった細胞から崩壊して出た成分が心臓や腎臓に作用して突然死します。

震災で有名となった"クラッシュシンドローム"(建物の下敷きから救出された後に突然死する)の機序に類似します。

こちらは当然ですが、それまで強く結ばれていた紐が死ぬ前に緩むという状況が重要になってきます。

昔は法医学でもしばしば報告されていたようです。

かつてのようにキツい束縛が行われることが減ったせいか、近年は法医学でもあまり聞かなくなりました。




②"体位性窒息"に類するタイプ (参考記事:「体位性窒息」)

こちらは、近年でも海外で『警察官による被疑者の拘束中の急死』として問題になることがあります。

burking.jpg


この画像のような状況で起き得ます。


いわゆる英語の[Burking]ですね。

胸部を地面等で圧迫されることで、呼吸運動制限が起きて窒息してしまいます。

この場合は、死亡時に上に乗っていた人の責任性が問われることになります。

最近もこういったニュースがあり、記憶に新しい方もいらっしゃるのではないでしょうか。


またこのような直接的な外力が加わった場合だけではありません。

hogtie.jpg


画像のように、呼吸がし難くなるような不自然な状態で拘束が維持されることで呼吸運動が制限されるとも言われています。


しかし、この説明に対して「この体勢であっても呼吸運動は制限されない」という報告もあり、未だ賛否両論です。



③"肺塞栓症"に類するタイプ

これは身体拘束によって体動が制限されている間に静脈血栓が出来、その後拘束が解除され動けるようになった際にその血栓が肺に飛んでしまい、肺動脈血栓塞栓症によって亡くなるという機序です。

こちらも震災・避難生活で有名になった"エコノミークラス症候群"の機序によく似ています。

特に身体拘束を行うことのある臨床現場で問題になることがあるようです。

このタイプはあくまで制縛による"体動制限"が原因であって、"制縛"は間接的な意味合いなので、厳密には"制縛死"とは言わないのかも知れません。



以上、制縛死の3タイプを取り上げました。

このように、一言で"制縛死"と言っても、全く違った病態を含んでいるんですね。


①でも書きましたが、近年は法医学でも"制縛死"という言葉自体殆ど聞きません。

理由は定かではありませんが、前述のように、おそらく単なる"制縛"という状況を表したに過ぎない名前だからかなと私は思ったりしています。

分かっているのなら"体位性窒息"や"肺動脈血栓塞栓症"という死因名を使った方が明確ですからね。


その一方で、最近は②や③のタイプの死亡例はしばしばニュースになったりしています。

病態という観点では不明瞭であっても、"制縛下の死と"いう状況はやはり重大です。

"制縛死"という言葉は使わないにしても、法医学者にとってこういった概念はきちんと理解している必要があると思います。