今回から数回に分けて"交通外傷"シリーズを書いていこうと思います。
"交通外傷"...特に自動車事故をメインに触れます。
転倒や打撲等の外傷に比べると、自動車による外傷は遥かに高エネルギーです。
そのため、損傷も重篤かつ致命的なことが多く、臨床現場でも大きなテーマとなっています。
法医学においても"交通外傷"の重要性は高く、
『その交通外傷(事故)が何によって起きたのか?』
を医学的側面から究明していくことが社会的にも求められていると言えます。
そんな"交通外傷"の中でも、まずは「歩行者が受ける外傷」からみていきます。
今回は"バンパー損傷"です。
バンパー損傷:自動車の前のバンパーに衝突した際に出来る1次損傷。バンパー骨折を伴うこともある。
車と衝突した際、一番最初に出来る損傷です。("1次損傷"と言います)
バンパーの位置・高さは、
普通自動車:地面から30-40cm
トラック:地面から50-70cm
と言われます。
これは、人体構造で言うと、立位の場合は「脛〜太もも」辺りと位置です。
従って、『バンパー損傷は下腿〜大腿部に出来ることが多い』と言えます。
法医学上はこの『損傷とバンパーの位置関係』を記録することが極めて重要になります。
損傷を詳しくみることで、
・衝突の存在
・衝突時の姿勢
・衝突時の体の向き
などを推定することが可能です。
ただし他の要素も考慮する必要があります。
例えば、"自動車のブレーキ"です。
ブレーキによって車体は前のめりになります。
これによって、バンパーの位置が低くなります。(〜約10cm程度)
そうなるとバンパー損傷も通常より低い位置に出来ることがあり得るわけですね。
他にも、身体が直立していない場合が当然あります。
歩行中に足を上げているタイミングで衝突されれば、左右で位置がズレたバンパー損傷が出来ているかも知れません。
続いて"バンパー骨折"について補足していきます。
バンパーに衝突時、その衝撃が強い場合は骨折を伴うことがあります。
この際の骨折が"バンパー骨折"です。
この"強い衝撃"とはケースバイケースですが、教科書的には「身体の前方・側方衝突では"時速40km"以上」がひとつの目安となります。
後方からの衝突においては、膝が曲がることやふくらはぎの筋肉等によって衝撃が和らぐことから「身体の後方の衝突では"時速70km"以上で発生する」とも言われます。
またこのバンパー骨折は『主に軸足(地面に着地している足)に出来ることが多い』とも言われます。
これは「利き足は地面から浮いているため骨折が起きにくいから」ですね。
そして、このバンパー骨折では"メッセラー骨折(Messerer)"が法医学ではとても有名です。
メッセラー骨折:バンパー骨折の中でも楔状に骨折したもの。"底辺から頂点へ向かう"の力がかかったと推定される。
この画像のように、楔状の骨折がある場合、それがまるで矢印の向きに力がかかったものと考えられる、という点において重要です。
その他、詳しくは挙げませんが、バンパーによる損傷以外にも、
フロントグリル損傷:そのシンボルマークが皮下出血として印象されることがある。
ヘッドランプ損傷:破片で切創ができることがある。
デコルマン・剥皮創:参考記事「デコルマン」
などもあります。
"交通外傷"というのは、見た目だけでは決して判断できません。
一見何も損傷がないように見えて、解剖すると見えてこなかった損傷や出血が出てくるなんてザラにあります。
また先々の裁判や補償の関係からも、こういった記録をきちんと残しておくことは必須です。
こういったことからも、"交通外傷"では絶対に解剖が必要と言えるでしょう。
以上、歩行者が被害者となった場合における"バンパー損傷"でした。
重要なポイントをまとめますと、
「バンパー損傷の位置は、脛〜太もも辺りにできることが多い。」
「強くブレーキをかけた際はバンパー損傷の位置が低くなることがある。」
「衝突時のスピードが時速40km以上ではバンパー骨折を伴うことがある。」
「バンパー骨折が楔状である場合、力の方向を示していることがある。(メッセラー骨折)」
といったところでしょうか。
"交通外傷"は法医実務の中でも極めて重要なテーマのひとつです。
知っておくべき法医学知識は多いので、このブログでもいくつかの記事に分けて引き続き書いていきたい思います。