目の前に身元不明のご遺体がある場合、『そのご遺体が「誰なのか?」を特定すること=身元特定すること』は法医学においても重要です。
「〇〇さんかな?」という心当たりのある人がいるのなら、DNA型を判定することで個人を特定することができるかも知れません。(参考記事:DNA鑑定)
そのような"心当たり"がない場合でも、ご遺体の所見から年齢や性別、身長といった個人の特定に繋がる情報を推定することで、その対象群を狭めることが可能です。
今回はそのうち"年齢の推定"で比較的よく使われる【咬耗度による年齢推定(天野の分類)】を取り上げたいと思います。
咬耗度:歯のすり減り具合のこと。年齢推定においては下顎の前歯が主に用いられる。
標示度0:エナメル質に咬耗のみられないもの → 10〜20歳
標示度1:エナメル質に平坦な咬耗箇所があるもの → 21〜30歳
標示度2:点状または糸状に象牙質がみえるもの → 31〜40歳
標示度3:象牙質が幅、面積を有するもの → 41〜50歳
標示度4:咬頭、切端が極度に消滅したもの → 51歳〜
これだけではなかなか分かりにくいと思うので、図を見ながら詳しくみていきましょう。
咬耗度をみていく前に、まず歯の構造を知る必要があります。
今回取り上げる"天野の分類"では主に下の前歯を使います。
歯を正面・側面で切った断面図です。
歯は外側から内側へ、
・エナメル質 (画像中の白)
・象牙質 (画像中の黄色)
・歯髄 (画像中の赤色)
となっています。
ざっくり言うと、年齢を経る中で歯がすり減っていった(咬耗した)結果として、『露出しているのがエナメル質なのか?象牙質なのか?』という点が年齢推定でひとつの分類ポイントとなります。
「すり減っていない」→ 10代以下
「エナメル質まですり減っている」→ 20代
「象牙質まですり減っている」→ 30代以上
という感じですね。
これだけでは3分類だけなので、この「象牙質・30代以上」をさらに細分化させます。
基準は『どれくらいエナメル質が露出しているか?』です。
この場合は、歯を上から観察する必要があります。
点状・線状にエナメル質が露出する → 30代
面状にエナメル質が露出する → 40代
著しくエナメル質が露出し平坦化する → 50代以上
これらを合わせることで、冒頭の"天野の分類"が出来上がるわけです。
「これで10歳刻みで判別することができた!」...と言いたいところですが、
この分類を適用するには十分注意しなければなりません。
まず他の歯牙条件もしっかり確認する必要があります。
例えば、"噛み合わせ"です。
観察する歯のトイメンの歯並びが悪く、きちんと噛み合ってなければどうでしょうか?
すり減りが少なくなったり、いびつな咬耗となりますよね。
前歯では少ないかも知れませんが、銀歯や詰め物をしてる場合も、咬耗の程度は変わってきます。
そして、この"天野の分類"が発表されたのが1958年、、、つまり今から50年以上前なのです。
咬耗は生活習慣に大きな影響を受けます。
昔は歯応えのある食べものも多かったでしょうし、今は柔らかくて甘い食べ物も多いです。
一方で現代は口腔衛生状況も良くなっています。
また歯ぎしりの癖がある人などでは当然年齢以上にすり減りが早く進行します。
こういった因子を全て考えようと思うと、単純に捉えることは難しいのが分かるはずです。
ですので、決して歯1本の所見だけで判断してはいけません。
必ず複数の歯科所見を確認する必要があります。
私自身も実務上、歯の咬耗度を確認することもありますが、すり減りの弱い中年の方もいれば、すり減りの強い壮年の方も実際にいらっしゃいます。(特に前者はザラに)
従って、『安直に当てはめることはできない』と言えると思います。
それを理解した上で「目の前の所見をどう捉えるのか?」ということですね。
ということで、今回は歯の咬耗度による年齢推定をご紹介しました。
いろいろな法医学の教科書にも載っている方法論ですが、個人的にあまり信頼性は高くありません。
やはり他の所見や状況を加味せざるを得ないです。
なので、もし1本の歯だけが見つかった場合なんて...本当に厳しいのです。