第110回医師国家試験 G問題 問44 [110G44]

110G44
78歳の女性.一人暮らし.高血圧症と骨粗鬆症で月に1回診療所に独歩で通院していた.降圧薬を内服し,血圧は140/90mmHg前後で推移していた.2日前の定期受診では特に変わりはなかった.本日,患者宅を訪問した娘から電話で「母が自宅の寝室で倒れていて意識がない.すぐに来て欲しい」と往診の依頼があった.直ちに駆けつけると,患者の心拍と呼吸は停止し瞳孔は散大固定であり,身体の下になった部分の血液就下と圧迫部位の血液消退ならびに全身の硬直を認めた.
まず連絡すべきなのはどれか.

a 警察
b 消防
c 保健所
d 救命救急センター
e 地域包括支援センター




正答は【a】です。


[a] 正しい。心拍・呼吸の停止、瞳孔散大の"死の三徴候"が認められており、なおかつ"死斑"や"死後硬直"といった死体現象まで医師によって確認されていることから、女性はすでに亡くなっていると判断できます。生前に診断されていた"高血圧"や"骨粗鬆症"による死亡とは考え難いため、"異状死体の届出"を行うため、警察に連絡すべきと思われます。

[b] 誤り。実際はあり得なくもない選択肢だとは思いますが、選択肢[a]の解説の通り、国試的にはすでに"3徴候"や"死体現象"が認められていることから、消防(・救急)に連絡ではなく、"警察"への連絡の方が適切であると思われます。

[c] 誤り。指定感染症や食中毒を診断した場合は、保健所に届け出る必要がありますが、本事例ではそれらを疑わせるような記載はないため不適です。

[d] 誤り。[b]と似たような選択肢ですが、仮に救急を要請する場合であっても、直接"救命救急センター"(→病院)に直で連絡するのではなく、消防(・救急)に連絡するのが適切です。

[e] 誤り。確かに高齢者虐待を疑った場合、発見者は"市町村"に通報する義務があります。実際は市町村からの委託を受けた"地域包括支援センター"が通報の受付・対応を行っています。従って、"地域包括支援センター"への連絡というのは必ずしも間違いとは言えませんが、本事例では虐待を疑わせる記載はありません。またあったとしても、死亡例に関しては"まずは"警察への連絡を最優先すべきと考えます。高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法) 第7条「第1項 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。 第2項 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。



「自宅突然死に対する医師の対応」が問われています。

常識的にそこまで難しくありませんが、若干[b]を選んだ受験生がいるかも知れません。

確かに、実臨床では、生存の可能性が少しでも残されていそうなら、"警察"ではなく"救急"(消防)に連絡したくなります。

とは言え、これは国試なので、医師として「明らかに死亡している」と判断されるのなら、適切な死後の対応を選択しなければなりません。


「明らかに死亡している」という基準は、問題文にもあるような"死の三徴候"が最も一般的です。(参考記事:「"死"とは何か?」)

・心拍の停止
・呼吸の停止
・瞳孔散瞳の固定 (対光反射の消失)


これに加え、本事例では(早期)死体現象も認められています。

・死斑の出現
・死後硬直
・角膜混濁
・死体冷却

こういった早期死体現象は、"死"を示す所見とも言えます。


これら死にまつわる所見は当然医師が判断するわけですが、そうなってくると、

「医師が未判断の状況では、どのような状態でも必ず救急搬送されるのか?」
→「 例えば、"白骨"や"高度腐敗"の場合でも必ず一旦は病院に搬送されるのか?」

と言われれば、実際はそうではありません。


救急の現場では、主に下記の6項目を全て満たすと"救急隊"が判断した場合は救急不搬送となり得るとしています。

「救急業務において傷病者が明らかに死亡している場合の一般的な判断基準」
(1) 意識レベルが300であること。
(2) 呼吸が全く感ぜられないこと。
(3) 総頸動脈で脈拍が全く触知できないこと。
(4) 瞳孔の散大が認められ、対光反射が全くないこと。
(5) 体温が感ぜられず、冷感が認められること。
(6) 死後硬直又は、死斑が認められること。


これらの項目を見ると、見事に前述の"死の三徴候"と"早期死体現象"が入っていることに気付くと思います。

つまり、やはり「明らかに死亡している」と判断されるケースでは搬送がなされずに、警察医や法医学の元へダイレクトに行く場合もあるというわけです。


ここでふと思うのが、、、「搬送されない → 救命行為が為されない」ということですから、

「"不搬送の判断"というのは、ほぼ実質的に死亡確認と変わらないのでは?」
→「『救急隊による死亡確認が実質的に行われている』と言えるのではないか?」

と個人的に思うことがあります。

実際は、医師の作成する死亡診断書・死体検案書がその後の手続きに必須となるので、医師の目が全く届かないことはないですけどね。

ただしばしば現実にも、救急不搬送判断基準の確認が疎かで、その後問題となった救急事例もありますし、このテーマはなかなか難しい問題を孕んでいます。

救命し得る患者さんを、誤った不搬送の判断で死亡させてしまったら大問題ですからね。



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