骨盤骨折 [Duverney骨折・Malgaigne骨折など]

法医学では外傷症例を多く経験します。

臨床と比べると、法医学では特に死に至る重症外傷が当然多くなってきます。

・頭蓋骨骨折
・脊椎骨折
・上腕骨骨折
・大腿骨骨折
・骨盤骨折
...etc

近年は死後画像検査を実施する教室も増えてきましたので、骨折の発見は従来よりも比較的容易になってきていると言えるでしょう。


今回はこの中の"骨盤骨折"を取り上げます。

法医学の教科書によく出てくる骨盤骨折の類型があります。

それを基に「どのような型の骨盤骨折があるのか?」を理解してもらえると嬉しいです。

早速みていきましょう。


まず最初に"骨盤"はいくつかの骨が組み合わさって構成されています。

仙骨・尾骨・腸骨・恥骨・坐骨です。

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このうち後ろ3者「腸骨・恥骨・坐骨」は、成人では癒合して一つの骨の塊となっており、これを"寛骨"と呼ぶこともありますね。

これらの骨が折れると広く"骨盤骨折"と呼ばれるわけですね。


また腸骨・恥骨で形成されるリングを"骨盤環"や"骨盤輪"と呼びます。

この"骨盤環"が不安定(≒異常可動性あり)になると、中の血管や組織も損傷を受けやすいため、より重症であると判断されます。


よく法医学の教科書に紹介されている骨折が下記の6(+1)類型です。

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"Pennal分類"という骨盤骨折の古い分類法が元になっているようです。


【単純骨折】:1カ所単独のみの骨折。骨盤環・骨盤輪の連続性は保たれている骨折。

【骨盤環骨折】:骨盤環の連続性が破綻し、不安定でより重症な骨折。主に骨盤環が2カ所以上骨折することで起きる。


まず大きくこの2種類の骨折形態に分けられ、その先に細かな類型に分かれていきます。


それでは、その細かな類型を詳しくみていきましょう。



まず"単純骨折"に分類される骨盤骨折です。


『腸骨翼骨折』[Duverney(デュベルネ)骨折]:腸骨翼が欠けるように出来た骨折。

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腸骨の上部から外側にかけて出来た骨折です。

横からの打撃でできることが多い気がします。

欠けただけですので、(当然痛いですが)骨盤環には大きな影響はありません。

この"Duverney骨折"という呼び名は、報告者であるフランスの外科医デュベルネ先生の名前に因んで命名されたそうです。


『(片側)恥骨骨折』:恥骨・恥骨枝の骨折。※↓画像は左恥骨上下枝骨折

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恥骨は"X字"のようになっていますが、その分かれた上の2枝を"恥骨上枝"、下の2枝は"恥骨下枝"と呼びます。

この恥骨枝の骨折も含め、恥骨における単独骨折を"恥骨骨折"と呼びます。

"恥骨骨折"も片側の場合は、骨盤環に影響は少ないことが多いです。


『寛骨臼骨折』:寛骨臼を中心とした骨折。

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大腿骨頭(大腿骨の丸いボール部分)の受け皿となる骨盤部分を"寛骨臼"と呼びます。

この"寛骨臼"の骨折を、その名の通り"寛骨臼骨折"と呼びます。

大腿骨部分を横から打撲したり、大腿骨に突き上げられるような力で発生します。

特に後者の典型例として、交通事故の衝突時に足で踏ん張ることで、その衝撃が大腿骨を伝わって発生することがあります。

この"寛骨臼"が股関節に関わる部位ですので、受傷後のADLの観点から臨床的に重要です。

骨折自体は限局性の単独骨折になることが多く、"単純骨折"に含まれます。



続いてより重症な"骨盤環骨折"です。


『左右恥骨枝骨折』[butterfly骨折/straddle骨折]:両側恥骨枝の骨折。

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恥骨枝が左右の2カ所以上で骨折した場合です。

このように左右の恥骨枝が骨折することで骨盤環は破綻してしまいます。

恥骨部の直撃損傷や、骨盤環を圧迫するような力がかかった際に発生します。

恥骨部は下部尿路があることから、この部位の受傷は臨床的には尿路障害が出やすいことが重要視されます。


『垂直型骨折』[Malgaigne(マルゲーヌ)骨折]:前方成分である"恥骨(枝)骨折"と後方成分の"腸骨骨折"が併存し、垂直に転位した骨折。

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この"マルゲーヌ骨折"は、骨盤の前後2カ所で縦に走る骨折が生じるため、大きな転位(骨のズレ)が生じやすいとされます。

そのため、内部の血管損傷も起きやすく、大量出血のリスクから致命傷となり得ます。

受傷機転としては、上下方向(垂直方向)の剪断力がかかることで発生しやすいとされています。

ちなみにこの"Malgaigne骨折"という名前も、フランスの外科医マルゲーヌ先生の名に因んで命名されています。


『蝶番型骨折』[open book型骨折]:仙腸腸骨部が骨折して恥骨結合が離開してしまった骨折。

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恥骨結合(恥骨が向き合っていてくっついている部分)が離開してしまい、まるで"本が開いた"ようにして出来ることから"open book型"とも呼ばれます。

骨盤の前後方向から、比較的広い力がかかった際に出来やすい骨折とされています。

この骨盤骨折では、他の"骨盤環離開骨折"とは違い骨折部が1カ所であっても、恥骨結合が広く離開してしまうことで、骨盤環の連続性が破綻してしまいます。


ちなみに"仙骨"や"腸骨"に骨折が生じず、"仙腸関節離開"によって恥骨結合が大きく離開してしまうこともあります。

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"蝶番型骨折"・"仙腸関節離開"のどちらにせよ、こちらも恥骨部が損傷を受けやすいことから尿路障害が出やすい類型です。



以上、骨盤骨折の6(+1)類型でした。


前述したように、この類型は"Pennal分類"という古い分類法が基になっています。

臨床では"AO/OTA分類"や"Young-Burgess分類"といったさらに新しく詳しい分類法が主に採用されているようです。

特に後者の"Young-Burgess分類"なんかは「"力の向き"と"骨盤骨折の類型"をまとめた分類法」だったりするので、法医実務でも使えそうですけどね。


そうなんです、、、"骨折を発見"しただけでは法医学者の仕事は終われないのです。

『どのような力がかかってその骨折が起きたのか?』

これを考察するのも法医学医の重要な役目です。


例えば、"メッセラー骨折"は長管骨にかかった力の向きを示す有名な所見のひとつですね。(参考記事:「メッセラー骨折」)

上の画像でも、力の向き等を例示的に矢印で示しましたが、実際はそんなに簡単ではないです。

他の外傷所見も参考にしながら、全体の受傷状況を推定していく必要があります。


骨折をしっかりと観察することは法医学では必須のスキルなのです。