交通外傷7 -その他編- [鉄道事故、航空機事故、船舶事故]

交通外傷シリーズの最後は"その他の交通事故"です。

特に"鉄道事故"と"航空機事故"、"船舶事故"に触れてシリーズを閉めていきたいと思います。


「鉄道事故は"自殺"」
「航空機事故は"大事故"」
「船舶事故は"事故"」

という印象が強いと思いますが、実際もその通りだと思います。


特に前2者はかなりの高エネルギー外傷となるため、ご遺体の損傷は極めて激しいことが多いです。

ですので実際のところ、あまり記載する内容は多くはありません。

全身で挫滅や離断が認められ、大規模な事故ではむしろ"身元特定"が最優先事項となる場合も少なくないです。


ただ今回は"外傷"に焦点を当てていますので、少ないながらも重要な所見について触れていきたいと思います。



【鉄道事故】:列車との衝突や轢過による損傷が認められる。いわゆる"即死"のため、離断した断端からの出血が乏しいこともある。

【航空機事故】:高所からの転落外傷の他、墜落後の火災などの影響も受けることがある。

【船舶事故】:船舶から落下し"溺死"することが多い。落下時に船舶と接触し転落による打撲傷が出来たり、スクリューによる"スクリュー創"が認められることもある。


補足していきます。



【鉄道事故】


他の2者に比べると"鉄道事故"は法医実務上で出会う頻度はそれなりにあります。

比較的よく見掛けるとは言え、その損傷程度は大きいことが少なくありません。

"鉄"というくらいですから車両はかなりの重さであり、スピードが遅くても重大な損傷となります。

具体的には、車輪による四肢や体幹の離断や衝突による各臓器の挫滅や骨折は必発です。


ところが、検案時、損傷の割に思っているほどの出血が認められていないことも多々あります。

これは列車との衝突による死が極めて瞬間的(=即死)であるため、出血が起こるまでもなく亡くなってしまうからと言われています。


ただ轢断面には殆ど生活反応(ここでは出血のこと)は乏しくても、轢断面から少し離れた部位に出血が認められることがあります。

これは轢過による圧力で血管内の血液が圧迫されることで起きる出血と考えられており、教科書的には"生活反応"と判断されます。(参考記事:「生活反応」)

とは言え、近年は駅のホームにカメラが設置されていることも多いですので、『飛び込み時に生存していたかどうか?』というのが問題になることは昔ほどありません。



【航空機事故】


自殺が多い"鉄道事故"と比べると、"航空機事故"は殆どが災害級の事故です。(もしくは"テロ")

空中分解したようなケースでは"転落死"が直接的な死因となりますが、航空機が墜落し地面との接触するような場合には、衝突による外傷やその後に発生する火災が死因となり得ます。

航空機は揚力を上げるためにかなりのスピード(時速数百キロ)で出ていますので、鉄道事故以上の高エネルギー外傷です。

事故の性質上、被害者も多くなる傾向にあるため、現場では身元特定が最優先となることもあります。


法医学上は、そのような"身元特定"とともに、事故原因としてパイロット等の乗務員の死因はどうであるか?(薬物中毒ではなかったか?何か病気を発症していなかったか?等)が重要となります。

乗務員の死因究明が事故原因の解明に繋がることもあります。



【船舶事故】


航空機事故などと比べて、船舶は時速30-50km程度であるため、衝突自体が死亡の原因となることは少ないです。

それよりも、衝突によって海へ投げ出されて"溺死"したり"低体温症"によって死亡することが多いと言えます。


ただ船舶にはブレーキがありません。

"水上バイク"のように時速80kmを超える高速船舶では、他の船舶や岸壁などへの衝突が死亡に繋がり、近年問題となっています。

また水上バイクから出るジェットによる死亡も報告されており、水圧死も重要なトピックです。


直接関係ありませんが、漂流しているご遺体でしばしばスクリューによる切創が認められることがあります。

その名も"スクリュー創"なのです。

こちらは通常の切創(つまり何者かに切られて殺されたのではないか?)との鑑別が法医学者に求めらます。

この場合でも"生活反応"を丁寧に観察する必要がありますね。



以上が"その他の交通外傷"でした。


今回で"交通外傷シリーズ"もひとまず終了です。

近年は(自動車事故を中心に)徐々に減ってきているとは言え、やはり交通外傷は致死的な損傷を来しやすく、法医学者にとっても必須の知識です。

事故原因特定や保険・訴訟といった死亡後の係争にも関わり得るため、法医学者の検案・解剖所見は社会的にも極めて重要と言っても過言ではないでしょう。


そういったことを忘れることなく、改めて私自身もこれからの交通外傷死を引き続き慎重かつ丁寧に診ていこうと思います。



交通外傷1:バンパー損傷、メッセラー骨折
交通外傷2:ボンネット損傷、フロントガラス損傷
交通外傷3:タイヤマーク、伸展創
交通外傷4:ハンドル損傷、ペダル損傷
交通外傷5:シートベルト損傷、エアバッグ損傷、鞭打ち損傷
交通外傷6:ダッシュボード損傷、サブマリン現象