『急死では血液が流動性であり、遷延死では血液が凝血塊を形成する。』
この理由は、「急死の死戦期においては、凝血を溶かす線溶系が亢進するから」と言われています。
法医学では、ごく基本的な知識です。
しかし、法医学をやっていると、時にこの"死後凝血塊"と"病的血栓"を見間違いそうになることがあります。
今回は、この両者について説明していきたいと思います。
【死後凝血塊】:死後に形成される血液の塊。遷延した死を反映していることが多い。後述の血栓とは別物である。
【血栓】:生前に出来た血の塊。肺塞栓症や脳塞栓症などを来し、病的意義がある。
詳しくみていきましょう。
まず前提として、両者は全くの別物です。
"死後凝血塊"は、あくまでも亡くなった後に出現します。
従って、肺塞栓症や脳塞栓症を来すような生前の血栓ではありません。
この"死後凝血塊"は割と多くのご遺体でありふれて認められます。
ですので、これを"血栓"と勘違いすると、世の中で肺塞栓症や脳塞栓症という死因で溢れかえってしまいます。
そのため、これら両者をしっかり区別する能力が、法医学者には求められるのです。
【死後凝血塊】
※Wikimedia Commonsより
死後凝血塊は↑のような血の固まりです。
表面はツルッとしています。
赤血球が集まって固まった暗赤色部分(画像右側)や、白血球が集まって固まった白色~黄白色部分(画像左側)のようなコントラストがあることもあります。
特に後者のような「白色が目立ち、豚脂のような血栓」のことを法医学では"豚脂様凝血"と呼んだりします。
何度も言うようですが、このような凝血が存在しても、それは死後に出来たものなので、死因とは直接関係ありません。
遷延死したご遺体ではごく一般的に認められる所見です。
【血栓】
※Dr. Rocke Robertson, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
こちらは病的な意義を持つ血栓です。
"血栓"の多くが元々は下肢の静脈に発生します。
それが何かの拍子で肺に飛んだり、心奇形がある方の場合に脳へ飛んだりすることで塞栓症を引き起こします。(※参考記事)
この"血栓"では、表面はザラついており、白い筋のような模様が認められることが多いです。
ということで、今回は簡単に"死後凝血塊"と"血栓"の違いに注目しました。
とは言え、実際は肉眼的な所見だけで両者を区別することが困難なことも少なくありません。
前掲の画像はできる限り典型的で、違いが分かりやすいものをあえて引用しましたが、現実はとても紛らわしいものものも多々あります。
なので、実務上はもちろん見た目だけで終わることはなく、顕微鏡検査などを行うことで両者の区別をより詳細に行うことで万全を期します。
よく法医学の初心者が肺動脈にある"死後凝血塊"を見て、
「これは肺動脈血栓塞栓症だ!」
と勘違いすることがありますが、気をつけなければなりませんよ。