今回はキズを細かく観察して、凶器(成傷器)の詳細を推察していみたいと思います。
とは言っても、生の画像はお見せできないので、例によって医師国家試験の問題画像を参照します。
※今回の記事には実際のキズの画像が含まれています。人によってはショッキングに感じる人がいるかも知れないのですが、キズを見ないと説明できませんのでご了承ください。
問題自体は【第112回 医師国家試験 C問題49番】です。
中年の男性。道路で血を流してい倒れているところを通行人に発見された。救急隊到着時には心停止状態で、病院に搬送されたが死亡が確認された。背部から出血があり、血液を拭き取ったところ確認された創の写真を別に示す。
死亡を確認した医師が、まず行うべきなのはどれか。
a. 創を縫合する。
b. 警察署に届け出る。
c. 病理解剖を依頼する。
d. 死亡診断書を交付する。
e. 死体検案書を交付する。
ちなみに、この問題の正答は【B.警察署に届け出る】です。
この問題に正解すること自体は造作もありませんよね。
さてキズをみていきます。(参考記事:創傷1, 創傷2)
まずキズ自体に注目すると、
・創縁は、『綺麗で整って』います。
・創壁は、比較的『ツルッとして滑らか』です。(ポコポコと皮下脂肪は出ていますが)
・創端は、『尖って』います。
この画像だけでは"創洞"や"創底"は判断できませんね。
それでも、この画像から"切創"か"刺創"、もしくはそれらが合わさった"刺切創"だと判断できます。
キズの大きさは約4cmということで、おそらく【包丁のような刃物による"刺創"】でしょう。
刃物による刺創の場合は、さらにこの"創端"に注目します。
"創端"をみますと、右側の創端は鋭く尖っており、それに比べて左側の創端はやや鈍っているのが分かります。
ここから『片刃の刃物であり、右側を刃先 / 左側を峰とした向きで刺された。』と推定されます。
詳しく説明していきますね。
刃物といってもいろいろな種類があります。
・片刃か両刃か?
・先端は尖っているかいないか?
これを考えるだけでも、刃物は大きく分けて以下の4種類に分けられます。
①『有尖片刃器』:先端は尖っていて、刃は片方だけの刃物。 ex.) 包丁、日本刀...
②『有尖両刃器』:先端は尖っていて、刃が両刃ある刃物。 ex.) 両刃ナイフ、剣...
③有尖無刃器:先端は尖っていて、刃を持たない刃物。 ex.)アイスピック、千枚通し、針...
④先端刃器:鋭い先端のみを持つ刃物。ノミ、彫刻刀など...
今回はおそらく1番目の"有尖片刃器"です。
この"有尖片刃器"では、比較的皮膚に垂直に真っ直ぐ刺した場合に『刃がある方の創端は鋭くなり、峰(刃でない方)の創端は鈍くなる』とされます。
なので、まさにこの今回の画像はその通りですね。
典型的にはもっと峰の部分の創端は鈍くてもよいのかも知れません。
だた鈍い創端が顕著に現れるのは、刃が厚い場合が多いんですよね。
一般的な包丁のように比較的刃の厚さが薄い場合、片刃の刺創であっても創端の鈍さは目立たないこともしばしばあります。
また片刃であっても、真っ直ぐ刺して真っ直ぐ引き抜くのではなく、いわゆる"斜め刺し"のようなケースでは、上記のような特徴は認めず、両刃のように「どちらの創端も鋭く尖っている」という所見であることもあります。
前述の特徴はあくまで典型例での話なので、実際は状況や他のキズも加味しながら判断する必要があります。
今回は取り上げられませんでしたが、"創洞"や"創底"、"創縁角"などの情報があれば、さらにどの方向にどれくらいの深さで凶器を刺したか?というのも推定できます。
これもまた解剖の中でひとつひとつのキズに対して観察・記録を行っていきます。
「なぜここまで詳細に観察し推定していく必要があるのか?」と思う方もいるかも知れませんね。
その答えはやはり『事件の状況を明らかにし、裁判においては犯人との証言と照らし合わせて確証を得るため』と思います。
このようなある意味職人技とも言える観察力で、法医学者も陰ながら世の中の平和に日々貢献しています。