今回は法医学の矛盾点、私が気になっていることについて書きたいと思います。
私自身は明確な答えを持っていませんので、皆さんにも一緒に考えてほしい内容です。
【ご遺体を解剖できるのは誰か?】
これに対する解答は以前このブログでも書きました。(参考記事:解剖ができるのは?)
答えは原則的に『死体解剖資格を持つ医師・歯科医師』でした。
ある有名な教科書の一節にこうあります。
『死亡の確認は医師の医学的判断あるいは技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為であるために医行為に該当し、それに付随する死亡診断書及び死体検案書の交付も医行為である。つまり、死亡診断書および死体検案書の作成が医行為に当たることから、それを作成するために行われる解剖は医行為に当たり、医師が行わなくてはならないという見解が示された。』
ここでは、「解剖自体も医行為であり、医師(および歯科医師)が行わなくてはならない」というように読み取れてしまいます。
文章の中で触れられている見解というのがリンク先の議事録にある内容だと思います。(https://kokkai.ndl.go.jp/txt/118915104X00320150331/12)
その中にはこうあります。
『解剖そのものにつきましては、人体に危害を及ぼすおそれのある行為ではないことから医行為には該当しないと考えておりますけれども、死亡の確認、これは医師の医学的判断あるいは技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為であるために医行為に該当すると考えておりまして、また、これに付随する死亡診断書及び死体検案書の交付も医行為であると考えております。このため、解剖を行ってから死亡診断書を交付するまでの間において、その解剖の結果を死亡診断書等にどのように反映するかというふうなこと等、医行為が行われ得るというふうに考えておるわけでございます。』
こちらは「解剖自体は医行為ではなく、解剖を経て死亡診断書を作成することに関しては医行為が含まれ得る」と...。
結局どちらが正しいのか?というのが私の疑問なのです。
実際の解剖では主に臨床検査技師さんが解剖補助として入って、解剖のお手伝いをしてくれます。
具体的には解剖の準備や後片付けを含め、各臓器の取り出し、閉創もやってくれています。
そして、その取り出した臓器を含め、ご遺体の所見を取る(何がどうなっているのか?を判断する)のが法医学医の仕事になっています。
解剖補助さんは解剖には無くてはならない存在ですね。
ですので、もし万が一『解剖は医行為なので一から十まで医師・歯科医師のみで完遂させなければならない』となると...
おそらく全国の法医学教室の稼働率がグンと下がってしまいますよね。
なので「(狭義の)解剖は医師・歯科医師のみしか行えない」というわけではないのでしょう。
確かに、臨床医学における看護師(オペ看)さんはあくまで器械出しなどのサポートに徹し、患者さんに直接メスを入れることはありません。
これは手術が患者さんの命に関わることですから理解できます。
議事録での発言にもあるように『解剖は直接人体(生きている人)に害を及ぼすおそれのある行為ではない』と思いますので、"手術"と"解剖"を同列に考えるのは違う気もします。(解剖執刀医の感染リスクという点は除いて)
これらを考えると、冒頭の一節における「解剖」とは"臓器の剖出"という意味ではなく、『ご遺体の検案から始まり、検案書・鑑定書の作成完了までの全過程』を指した広い意味で使っているのかも知れません。
そうであれば、解剖全体をみると『(広義の)解剖が医行為である』と言え、整合性もあります。
一方で、ネットを検索すると『葬儀屋さんや警察官がご遺体の縫合を行うことがある』ということが書かれていたりします。(※私のいる法医学教室ではこれらは医師・歯科医師もしくは臨床検査技師のみが行っています)
「解剖自体が人体に害を及ぼさない」のであれば、(狭義の)解剖を検査技師以外が行うことも問題ないのか?という話にもなってきますよね。
おそらくこの当たりの明確なルールは存在せず、各法医学教室の判断になっているかと思います。
本当にそんな法医学教室が存在するとは聞いたことないですけどね...。
ちなみに"病理解剖"においては、厚生労働省の通知にて、
『血液等の採取、摘出した臓器からの肉眼標本の作成や縫合等の医学的行為については、臨床検査技師等以外を解剖にかかわらせることのないよう十分注意をしなければならないこと。』
と決められております。
この病理解剖の通知を法医解剖にも準用するなら、葬儀屋さんや警察が縫合をすることはアウトです。
法医は病理とは違うから、と許されているのでしょうか?
冒頭に書きましたように、これらの良否に対する私自身の答えはありません。
明確な基準を知っている人がいたらぜひとも教えてほしいくらいです...。
おそらく日本法医学会も指針等は出していないと思います。
だたこの「ルールが明確でない・統一されていない」という現状はとても問題だと私は思っています。
いくら解剖は人体に害を与えないとは言え、解剖はご遺体の尊厳に直結しますし、遺族感情にも深く関わります。
だからこそ、明確な基準を持って解剖は行われるべきだと思いますね。
そして、世の中には死因究明制度について知らない方が多くいます。
解剖って何をするの?なんでするの?どうなるの?...一般の方が知らないことは多く、そしてそれに対するアンサーも少ないのが現状です。
いくら法医学関係者が死因究明を叫んでも、その基礎となる土台(国民の理解)がきちんと整っていなければ始まりません。
法医学業界の内々だけでやっていくのではなく、もっと社会全体として国民全体で考える必要があるのではないでしょうか。