今回は"キャスパー徴候"(Casper's sign)について書いていきたいと思います。
"キャスパー"と聞くと、法医学に詳しい方は...
「あぁ、水や土の中だと腐敗が遅れるヤツねぇ。」
と思うかも知れません。
...しかし、それではありません!
それは"キャスパーの法則"(Casper's law)です。(参考記事:「キャスパーの法則」「腐敗」)
同じ"キャスパー"でも徴候と法則で大きく意味が違うんですね。
ちなみに調べてみると、この"キャスパー"はどちらも同じキャスパーさんを指しているようです。(いろいろ発見していてすごい!)
キャスパー徴候:『内臓には激しい損傷が認められるのに、皮膚などの外表・見た目には何も所見がないこと』
主に腹部の鈍的外傷で認められます。
詳しくみていきましょう。
法医学では、肉眼的所見、つまり"見た目"というのをとても大切しています。
外表の小さなキズやアザも見逃してはいけません。
それが「外傷の存在を示す」、もっと簡単に言うと「そこに力が掛かったことを示す証拠」だからです。
しかし、『見た目的に皮膚は何ともないのに、(解剖で)身体の中を見てみると、内臓が激しく損傷を受けている』というケースが存在するんですね。
そして、解剖をしてそれが発覚し、警察も(そして我々法医学者も)びっくりするんですね。
この現象を言い表したのが"キャスパー徴候(サイン)"です。
皮膚(やその脂肪)は比較的弾力性があるので、打撃を受けても皮膚自体には何も出ないが、その下にある臓器にはダメージが及んでしまう、というのが原理です。
ですので、皮膚の中でもある程度弾力性・変形性があり緩んだ皮膚のある"お腹"を受傷した際に、肝臓や脾臓、腸管に対して損傷が起こりやすいとされます。
その他、厚い衣服などではこの現象がさらに起こりやすくなります。
好発するのは小児や成人が多いとされます。
高齢者では、
・皮膚の弾力性が低下している
・皮膚の血管が弱い (cf. 老人性紫斑)
・血をサラサラにするお薬を飲んでいることも多い
などから、高齢者では起こりにくいと言われます。(※ただし、起こらないわけではない)
これは主に"鈍的外傷"で起こりやすいです。
ナイフや包丁といったものでは殆ど必ず見た目にもキズが出来るますからね。
鈍的外傷...つまり、、、
・拳で殴られた
・蹴られた
・棒で叩かれた
などですね。
...これを考えると、"虐待"が問題になってくるのはすぐにお分かりでしょう。
ここがすごく問題なんですよね。。
大きな内臓損傷であれば死後のCT検査などでもしかすると分かるかも知れません。
しかし、通常これは見た目では判断できないとされるわけですよ。
『肉眼で判断し得ない"キャスパー徴候"の裏に虐待が潜んでいるかも知れない』んです。
現行の死因究明制度では、警察が検視(肉眼所見)などでまず犯罪性を判断した後に、解剖をするかどうか?という話になってきます。
ここで犯罪性が全く疑われなければ行政解剖を除いて解剖(=身体の内部を実際に見て確認)されません。
そうなると、ひょっとすると『児童や高齢者などへの虐待が見逃されてしまう』かも知れないですよね...。
確かに、警察も見た目だけでなく、周辺状況といった情報なども含めて犯罪性を判断しています。
この"キャスパー徴候"自体も、「もっともっと注意深く観察すればキズがあるのではないか?」「顕微鏡で見たらわかるのではないか?」という疑念が私自身にもないわけではありません。
しかし、実際に虐待死に関連した論文もいくつか出されているんですよね。
なので、一概には言えませんが、それでもやはりこのような"キャスパー徴候"が存在するというのは警察だけでなく、我々法医学者も(そして裁判官も)知っておく必要があると思いますね。
「内部が損傷するほどの打撃があれば、当然皮膚にも所見が出てくるだろう」
今回は、そんな常識を覆す?"キャスパー徴候"というやっかいな所見が存在する、そんなお話でした。
法医学者もこういったことに注意しながら身長に検案・解剖を行うことが求められます...。