医学部のカリキュラムには"法医学"が含まれています。
歯学教育のカリキュラムにすら"法歯学"は含まれておらず、その他の学部をみてみても、
おそらく現代の医療系資格・医療系学部で法医学があるのは医学部が唯一です。
これはある意味で、医学部の特徴だったりします。
教育カリキュラムに含まれていますので、医師国家試験の出題範囲にも当然"法医学"が含まれています。
毎年およそ2〜3問程度の法医学問題が出題されていました。
しかし、近年は試験日程が減り、問題の総出題数が減ったためか、法医学関係の出題は減っている印象があります。
第116回医師国家試験で出題された法医学問題はなんと1問だけでした。(私が確認する限りは...)
今回はその問題を解説していきたいと思います。
[116F39]
66歳の男性。自宅アパートから出火し、焼け跡から死体で発見された。死因等の特定のために司法解剖された。
剖検時の所見でこの男性が火災発生時に生存していたことを示すのはどれか。
a. 頭蓋内の燃焼血腫
b. 頸部皮膚のⅢ度熱傷
c. 気管内の煤付着
d. 肘関節屈筋の熱収縮
e. 背部の死斑
答えは...[c.気管内の煤付着]です。
各選択肢を詳しくみてきましょう。
『傷害発生時に生存していたことを示す所見="生活反応"』に関する問題です。(参考記事:「生活反応」)
つまりこの選択肢のうち"生活反応"を選べば良いということですね。
また火災関係の記事も参考にしてみてください。(参考記事:「焼死」)
[a.頭蓋内の燃焼血腫]
結論から言うと、"燃焼血腫"は生活反応ではありません。
"燃焼血腫"とは頭蓋内の血液が火炎によって熱凝固した血腫です。
血液が熱の作用を受けて出来るものなので、生前・死後どちらでも形成し得ます。
従って生活反応ではありません。
ちなみに、典型的には"燃焼血腫"は硬膜外に形成されるため、法医実務上では生前の硬膜外血腫との鑑別が重要になります。
"燃焼血腫"はレンガ色を呈し、熱凝固しているので血腫はモロモロしています。
[b.頸部皮膚のⅢ度熱傷]
この選択肢は"Ⅲ度"というのがネックになってきます。
Ⅲ度熱傷:皮膚が表皮・真皮・皮下組織まで熱に侵され、壊死し白色を呈したもの、です。
Ⅲ度熱傷が生前に出来得るのは当然ですが、死後に熱が作用した場合でもⅢ度熱傷は起き得ます。
一方で、Ⅰ度熱傷(=発赤・紅斑)や※Ⅱ度熱傷(=水疱形成)は生活反応と言われます。(※Ⅱ度熱傷に関しては諸説あり)
ということで、Ⅲ度熱傷は生活反応ではありません。
[c.気管内の煤付着]
"気管内の煤付着"は火災が関連した遺体における有名な生活反応です。
気管内に煤が付着している → 生存時の呼吸運動によって煤を吸った → 生活反応あり
という認識になるわけですね。
当然火災時にお亡くなりになっていれば、呼吸によって煤を吸い込むことはあり得ません。
ですので、"気管内の煤付着"は生活反応であり、正答です。
[d.肘関節屈筋の熱収縮]
これはいわゆる"拳闘家姿勢(ボクサー姿勢)"のことを指しています。
この現象も"燃焼血腫"と一緒で、火災による熱作用によって筋肉が熱収縮することで起きます。
つまり、生前であっても死後であっても、熱が加わると筋収縮は発生します。
従って、"肘関節屈筋の熱収縮"は生活反応ではありません。
[e.背部の死斑]
これは生活反応でも何でもありませんね。
単なる死斑ですので、死後数時間以内に仰向けの状態であれば遺体の背部に死斑が出現します。
この現象に生前・死後は全く関係ありません。
以上から、正答は[c.気管内の煤付着]になるわけですね。
この他、火災時の生活反応で有名なものに「血中の一酸化炭素濃度が高値であること」があります。
選択肢にはありませんでしたが、もしかするとこれが火災にまつわる最も有名な生活反応かも知れません。
機序は簡単で、"気道内の煤付着"と同じように、
血中の一酸化炭素濃度が高い → 生前の呼吸運動で一酸化炭素を吸引した → 生活反応あり
という考え方になります。
死後呼吸運動が止まった状態では火災によって発生した一酸化炭素を吸引することはあり得ません。
従って、『血中の一酸化炭素濃度高値は生活反応である』というわけです。
ちなみに、一酸化炭素中毒では一酸化炭素ヘモグロビンによって死斑が鮮紅色になることは有名ですが、
全身の血液が鮮紅色となるため、血の通う臓器や筋肉なども当然鮮紅色を呈します。
従って「臓器や筋肉が鮮紅色である」というのも生活反応と言えるでしょう。
今回は第116回医師国家試験問題の出題された法医学の問題を解説しました。
法医学の出題数が減ってきているのは法医学者としては大変残念です。
しかし、他にも医師として重要な医学知識はたくさんありますからね...。
これは時代の流れで仕方のないことなのかも知れません。。
それでも、法医学知識は臨床医になっても必要になることがあります。
なので、是非医学生の方々にはきちんと勉強してもらいたいですね!