前回は"挫滅症候群"について記事を書きました。
挫滅症候群では「受傷後数日程度経ってから死に至る」という特徴がありました。
この他にも、「受傷後しばらく時間が経過してから症状が出る」という特徴を持つ疾患があります。
それが今回取り上げる"脂肪塞栓症候群"です。
単に"脂肪塞栓症"と呼ばれたりもしますかね。
早速見ていきましょう。
【脂肪塞栓症候群】[fat embolism syndrome]:脂肪が栓子となり塞栓症を起こす疾患。比較的大きな骨の骨折から1週間以内程度経ってから、呼吸不全などを発症する。
詳しくみていきます。
"脂肪塞栓症"は、文字通り「脂肪が塞栓症を起こす疾患」です。(参考記事:「塞栓症」)
血管内に流入した脂肪は、肺毛細血管を目詰まりさせ、多量の場合は致死的となります。
疾患概念を何となくイメージするのは簡単ですが、それでは何故脂肪が血管内に入ってくるのでしょうか?
"脂肪塞栓症"は主に骨折に伴って発症します。
骨折が起きると、当然骨の中にある骨髄にも影響が出てきます。
骨髄には、外側に硬い"皮質骨"、内側にスポンジ状の"海綿骨"が存在します。
この"海綿骨"内に骨髄の実体が存在するわけですね。
骨髄には"赤色骨髄"と"黄色骨髄"があります。
赤色骨髄:造血能を持つ細胞が集まった骨髄。加齢とともに黄色骨髄に置き換わっていく。
黄色骨髄:加齢とともに造血細胞が脂肪細胞に置換され、造血能を失った骨髄。
このように、実は骨髄には多くの脂肪細胞が存在しているわけです。
※再生不良性貧血に認められる"脂肪髄"も有名です。
骨折が起きると、内部にある血管も当然千切れてしまいます。
すると、その千切れた血管断面から骨髄内の脂肪組織が流入してしまうのです。
静脈血は心臓に帰ってきて、最終的に肺に向かいます。
そのため、まずこの肺の毛細血管に脂肪組織がトラップされ、肺が目詰まりを起こしてしまうのです。
これが多量の場合は呼吸不全を起こし致死的となります。
そして、運良く肺を超えたとしても、全身に脂肪組織が飛んでしまい、脳塞栓などを起こすこともあります。
一定量の脂肪が体を循環(して塞栓)する必要があるので、受傷直後というよりは「"受傷から1週間以内"(主に1〜4日後)程度に症状が出る」と言われています。
また骨折部位としても、比較的大きな骨、つまり大腿骨や脛骨といった下肢長管骨の骨折や骨盤骨折を伴う外傷後に起こりやすいです。
臨床症状としては、前述の呼吸不全の他、精神障害、出血傾向など呈すことがあります。
全身の毛細血管の目詰まりを起こすと、その詰まった先の血管が破綻するため、"点状出血"として皮膚に所見が現れることもあります。
法医実務上は、この"点状出血"を見逃してはなりません。
"点状出血"は、皮膚(特に頚部、前胸部、腋窩部)、眼瞼結膜など、臓器としては、脳(特に白質)、腎臓や心臓の表面などに出ることが多いです。
もちろん、解剖後に顕微鏡で肺や脳などの毛細血管に詰まった脂肪滴がないか?確認する必要もあります。
前述のように、身体を巡るためには血液循環、つまり心拍動が必要になります。
ですので、ご遺体に肺や脳などに脂肪塞栓が認められたら"生活反応"(=骨折が起きた時には生存していた)と判断されます。(参考記事:「生活反応」)
ただし、心臓マッサージでも起こり得るため、"死後アーチファクト"と勘違いしないよう、救命処置の有無は必ず確認しなければなりません。
以上、今回は"脂肪塞栓症(候群)"を取り上げました。
記事内には「多量の場合は致死的」とも書きましたが、実際にこれが単独で死因となることは少ないです。
ある教科書には「20g以上の脂肪の血管内流入で死に至る」とも書かれており、
そんなに多量の脂肪が流入するほど重大な骨折であるなら、そもそも骨折からの出血の方が致命的であることの方が多いです。
そういう意味では、単なる"死因"というよりも"生活反応"という意味合いの方が法医実務上は重要かも知れませんね。