生命保険と法医学

【死亡診断書・死体検案書の記載内容によって生命保険金の額が変わり得る】

法医学の重要な役割に"死因究明"があることはかねがね言っていきましたが、

その具体例として典型的なのが"保険請求"にまつわる事例です。

実は、法医学者の書類仕事において、「保険会社への回答」は、皆さんが思っている以上に多かったりするんですよ。

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「保険と法医学」と聞けば、【保険金殺人】などといったサスペンスを思い浮かべる方もいるかも知れませんが、そっちだけではありません。

「本当にがんで亡くなったのか?」
「溺死と言われたが、病気が先行していないか?」

このような観点は、実は"保険の給付"に大きく関わってきます。

今回はこのような"保険と法医学"について書いていきたいと思います。



皆さんは"生命保険"(≒死亡保険)に入っていますか?

入っているなら、どのような約款(契約条件)になっているか、しっかり理解していますか?


遺族等が死亡者の保険請求を行うには、医師の書いた死亡診断書・死体検案書が必須となります。

「死因は何か?」についての重要な判断材料が、その死亡診断書・死体検案書の記載内容なのです。

従って、その診断書・検案書の文言がひとつ違うだけで、給付金が大きく減額、場合によっては不支給になることだってあります。

記載された事実を変えることはできませんが、それをきちんと理解し納得することは大切です。

「そう言えば、あまり知らないし分からない...」そう思った方は、一度きっちりと自身もしくは身内の契約内容を確認してください。



今回は法医学者もよく(?)経験する、冒頭に挙げた2つの観点を中心に書いていきます。

なお、保険内容や給付条件などは各保険によって様々であり、今回の事例提示はあくまで一例に過ぎないことを十分ご理解ください。


①「本当にがんで亡くなったのか?」

これは文字通り、"がん保険"で問題になることが多いです。

がんを含む『三大疾病(=がん・心疾患・脳血管疾患)による死亡を保障!』なんて謳い文句のこともありますね。

このような保険の場合、保険金を貰えるのは「"がん"で亡くなった場合」のみだったりします。

つまり、"がん以外の場合"、例えば"心不全"や"肺炎"、"老衰"等で亡くなったと判断された場合には、保険金が支払われない可能性が出てくるわけです。


我々法医学者は、基本的に解剖まで行った上で判断します。

なので、そこは自信を持って死因を検案書に記載しています。

だからこそ、仮にがん患者であっても「死因はがんではない」こともしばしばあり、、、

心苦しくもありますが、そういった場合でも真実(がん以外の死因)を記載するわけですね。

遺族からすれば「がん患者が亡くなった→死因はがん」と安直に考えてくれる医師の方が感謝されるのかも知れませんが、そこは法医学者である以上、嘘をつけませんので...。


ちなみに、刑法の第160条には"虚偽診断書等作成罪"が規定されており、

医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処する。

となりますので、遺族の意向に沿って記載を変える医師は処罰され得ますので注意してください。


②「溺死と言われたが、病気が先行していないか?」

これは"傷害保険"や"傷害特約"で問題になります。

傷害保険は、簡単に言うと「事故に対する補償」に関連した契約ですね。

つまり、ざっくりと「(溺死などの)事故で亡くなった場合は、給付金を貰える」という契約です。

しかし、ここで争点になるのが「それは本当に事故なんですか?」ということですね。

もし、事故ではなかった(と判断された)場合には、傷害保険や傷害特約による給付は行われないからです。


一般の方からすれば「湯を張った浴槽の中で死んでたんだから、溺死で何が悪いの?」と思うかも知れません。

では、皆さんは「普段お風呂に入ってて、普通に溺れますか?」と、これなんですよね。

当然、何もないのに溺死することは少なく、何かしら誘因があるはずです。


その誘因は、解剖によって明らかにできることもあります。

そして、実際のところ、その溺死を招く誘因には、ヒートショックだったり、熱中症だったり、脱水だったりするわけですが、、、 [参考記事:風呂溺 ]

中には、心筋梗塞や脳卒中などの"病気"が元となって溺死に至ることもあるのです。

この場合は、大元が"病気"なので【内因死】、つまりは『事故による死亡ではない』ということになり、

結果的に、傷害保険(特約)による支払いは行われない可能性があるわけですね。

※この辺りをもっと詳しく知りたい方は「急激かつ偶然な外来の事故」「外来性」みたいなキーワードを検索して勉強してみてください。


この最たる例が"溺死"ですが、他にも類似して、"交通事故死"の場合では、

「本当に事故だったのか?」
「病気を発症して意識を消失し、事故を起こしたのではないか?」(←この場合は事故死ではなく"病死"となる)

などもよく問題となることがあります。

また飲酒運転の末、事故を起こした場合は、保険金を給付されないことも多いですので、

解剖を行った法医学者は、アルコールの関与を聞かれることも多々ありますね。


③その他 「自殺関連の保険給付」

上記2つ以外に多いのが、【自殺に関連した保険会社からの照会】です。

基本的に、自殺の場合は生命保険金は支払われないこともありますが、

保険内容によっては、概ね保険加入から3年程度の免責期間を過ぎると、自殺の場合でも保険金給付が支払われ得ます。


そこで問題になるのが、

「それは本当に自殺なのか?事故ではないのか?」(← 事故なら免責期間を過ぎてなくても支払われることもある)
「保険金目当ての自殺ではないか?」(← 保険金目当てなら給付されない)

ということです。

両者とも、法医学者から言えることは殆どないですが、大体の保険会社は聞いてきますね。

ただ確かに、保険給付の観点からは重要なことです。



死因等の判断は、医師だけに許された重大な職務です。

その結果として記載した死亡診断書・死体検案書の内容は、全て記載した医師自身に責任があります。

診断書・検案書の記載は病院からの指示で行うわけではなく、自分の名の下に医師自身の判断に基づいて行います。

なので、適当なことを書いて、後でトラブルに巻き込まれても病院は助けてくれません。


安直に死因を決めてしまうと、上記のように、後々面倒なことになる可能性だってあるのです。

だからこそ、医師は皆、死因の判断を正確かつ慎重・丁寧に行う必要がありますし、

自身には分からないことは、無理せず素直に「不明」と記載する勇気を持つことが必要です。


そして、給付金を受け取る側である遺族は、医師が記載した内容や、保険の契約条件をしっかりと理解しなければなりませんし、

もし、そこで不明なところがあるのなら、関係者にきちんと尋ねて明らかにする必要があると言えるでしょう。


法医学者は、適切な保険の給付にも日々一役買っているのですッ!!