今回は溺死時に認められることのある"セールト徴候"[Sehrt's sign]について書いていきます。
溺死時に認めれる所見は他にもありました。
参考記事①:パルタウフ斑
参考記事②:ワイドラー徴候
参考記事③:スヴェチニコフ徴候
ただ「"セールト徴候"がある」からといってすぐに「死因は溺死である」という話にはならないのは他の所見とも共通した概念です。
【セールト徴候】[Sehrt's sign]:溺死時に認められる胃粘膜裂傷のこと。
ドイツの法医病理学者であるセールト先生が初めて報告しています。
しかし、まだまだ報告数が少なく、この徴候に対しては議論や知識集積が必要みたいです。
詳しくみていきましょう。
【セールト徴候】
典型例としては、"胃小弯側の放射状胃粘膜裂傷"です。
裂傷が出来る理由は、『溺水の胃内への吸引によって胃粘膜が裂けてしまうため』と言われています。
お酒の二日酔いによる繰り返す嘔吐で胃食道内圧が上がり、食道胃接合部が裂けてしてしまう"マロリーワイス症候群"の機序に似ていますね。
ただしこの"セールト徴候"に関しては議論が必要とされており、
・胸骨圧迫による胃内圧の上昇
・食道挿管および人工呼吸による胃の過膨張
こういった医原性を除外しつつ考える必要があります。
胃粘膜はストレスの影響も受けやすいため、そういった機序も関係あるのでしょうかね。(参考記事:「カーリング潰瘍・クッシング潰瘍」)
普段から意識していますが、正直なところ私自身はまだ経験したことがありません。(ですので上記画像もあくまで"参考"になります)
冒頭の"パルタウフ斑"、"ワイドラー徴候"、"スヴェチニコフ徴候"などの所見の方が認められる率は高い気が個人的にはしますね。
法医学に関する知識というのはどうしても経験則といった"知識集積型"なものが多くなってしまいます。
これは法医学の性質上、実際の"実験"という手法が取りづらいからだと感じます。
もっと直接的に書くと「リアルのヒトや動物を実験台にして死の研究は(倫理的にも)できないから」ということですね。
なので、どうしても"前向き"な研究は難しく"後向き研究"がメインになってしまうのだと感じます。
これは死を取り扱う学問である以上、仕方がないというか当たり前のことです。
法医学者に重要なのは『そのような状況でも、いかに真実を見つけ出すか?』ですね。