解剖でも五感をフルに活用します。
・視覚
・聴覚
・触覚
・嗅覚 (→ 今回)
・味覚...ではなく第六感!
の五感ですね。
今回はこのうちの"嗅覚"に焦点を当てたいと思います。
解剖時には様々なにおいを感じます。
慣れてくると、解剖室に入った瞬間に、そのにおいでご遺体の状況が分かってきます。
今回はそんな"におい"についてご紹介していきましょう。
特徴的なにおいは下記の通りです。
・腐敗のにおい
・ミイラのにおい
・死蝋のにおい
・焼死のにおい
・溺死のにおい
・失血死のにおい
・感染症(膿)のにおい
・洗剤中毒のにおい
ちなみに、においは主観的なものですし、この記事の表現もあくまで私の個人の感想ですよ。
また一部表現についてはやむなく食品で例えてしまっている点についてご了承ください。
それでは、詳しくみていきましょう。
まず大前提として、我々は解剖時にはマスクをしています。
その上で、ご遺体の傷みがそれほどない(腐敗していない)場合は、殆どにおいは感じないか、あってもかなり弱いです。
系統解剖(教育のための解剖)のように、ホルマリン固定がされているわけでもありませんので、それに比べるとはるかに無臭に近いです。
それを理解してもらった上で...
【腐敗のにおい】
ご遺体の傷みが進んでくると、やはりにおいは出てきます。(参考記事:「腐敗臭」)
これは皆さんも想像に難くないでしょう。
とは言え、このにおい自体を想像するのはかなり難しいと思いますね。
法医学者は普段からにおい慣れたものですが、実際一般の方はあまりにおったことのない独特なにおいだと思います。
においの成分は"硫化水素"や"インドール"などと言われますが、これらについても馴染みはないですよね。
私自身もご遺体と接するようになって初めて経験しました。
日常生活の上では決して嗅ぐことのないにおいです。
言い方は良くないですが、よく「生ゴミの〜」と表現されますが、個人的にはそれとも違いますね。
この場合のにおいというのは、"ご遺体から"に加え、"その周りのもの"のにおいも混じっているからだと思います。
我々法医学者が実際に対面する(解剖室にやって来る)時点では、ご遺体の体周りはすでにある程度綺麗にされています。
その時点で感じられるにおいというのが、まさにご遺体のにおいと言えるはずですからね。
「ではどんなにおいなのか...?」と言われると、なかなか難しいです。。
"モワッと"したにおいです。
すごい刺激臭というわけでもなく、かといって心地よいものでもありません。
難しい...。
私的には、このにおいはさらに2系統あって、これは後述の、
ミイラのにおいような"ドライ系"
溺死・死蝋のにおいのような"ウェット系"
に大きく分けられるような気がしています。
【ミイラのにおい】
イメージ通り、"乾燥した"においです。
これは、先ほどの"傷みから来るにおい"に比べると刺激度は低いです。
それでも、解剖室の中全体に広がるしっかりしたにおいですね。
解剖後もしばらくにおいが残りがちです。
ミイラに多い環境のせいか、ちょっと酢い(ツンとくる)土・森系のにおいといったところでしょうか。(参考記事:「ミイラ化」)
【死蝋のにおい】
死蝋とは死後に身体が蝋燭のようになる現象のことです。(参考記事:「死蝋化」)
においは、チーズ?のようなにおいです。
割と水中にいたご遺体も多いですので、後述の溺水時のようなにおいも混じっています。
【焼死のにおい】
これは文字通り、焼けたにおいですね。(参考記事:「焼死」)
大半が家屋の火災に伴うご遺体ですので、実際は周りの木材等が焼けたようなにおいがメインです。
それに加えて、ご遺体や臓器が傷んだにおいが混じっています。
【溺死のにおい】
これはかなり表現しにくいですが、"水っぽい"んです。(水ににおいはないですが)
ツンとくる刺激臭ではありません。
それこそ、"モワッと"した"どんより"したにおいです。
淡水よりも海水の方がにおいがする気がするのですが、私だけでしょうか。
やはり海水中の細菌等が関係しているのかな?と思ったりします。(参考記事:「溺水」)
【失血死のにおい】
これはまさに血のにおいですね。
鉄っぽいような、鈍いにおいです。
解剖時間が経過するとにおいが強くなる気がします。
においの中でも私は割と苦手な部類のにおいです。
【感染症(膿)のにおい】
これは褥瘡や致死的感染症で経験されます。
これに関しては、もしかしたら臨床の先生もご経験あるのかな?と思ったりもします。
ムッとするような、膿んだにおいですね。
【洗剤中毒のにおい】
これは特殊な例ですね。
洗剤を飲んで亡くなったご遺体に関してです。
「洗剤自体のにおいが立ちこめている」という単純な話です。
その他、特殊な工業製品やガスなどの影響で、そのにおいが感じられることも法医学ではあります。
以上、法医解剖で経験される様々なにおいをご紹介しました。
最後のものは特殊な事例でしたが、それ以外殆どはかなり複合したにおいです。
においの違いは、やはりご遺体の腐敗を進行させる細菌の違いによるものなのかな?と私は思っています。
乾燥傾向で活性化する細菌・湿潤傾向で活性化する細菌・嫌気環境で活性化する細菌などですね。
それに加え、環境のにおい(水や土、木、血液)などのにおいが合わさってくるので、どれもかなり複雑なにおいなわけです。
つまり『いろんな環境下で傷んだにおいをベースにして、その他にも様々なにおいが混じっている』というのが実際ですね。
ですので、文中にも「生ゴミの〜」「チーズの〜」という記載もしましたが、そんな簡単なものではありません。
読者の皆さんにとっては「○○のにおいに似ています!」と一刀両断した表現の方が好かれると思うのですが、、、それは現実をリアルに表現したものではないのです。
現実のにおいはそんなに単純ではないです。(だからこそ、表現が漠然とした曖昧なものになってしまう...)
そう思ってドラマなどを見返してみますと、"においの表現"というのはどの作品も苦労している印象を受けました。
この記事を書いてみて、私もその難しさを実感しました。。